TheRootSeller 外伝 1 「二人の未熟者」　[4]

　その日の午後からフラニチカはマルガレーテ婆さんの店を手伝うことにした。
　とは言ってもまだこういう経験の浅い彼女のこと。品物の整理や簡単な掃除から、ということになるのだが…。

「…すごい…」
　店の地下に案内されて息を呑んだ。表からは想像もできないほど広い地下室。そして店に並んでいる商品とはケタ違いの在庫。
　ほの明るいランプが照らす範囲だけでも彼女が今まで見たこともないような木の実や葉っぱが並んでいる。
「あ…キロの実…？」
　足元の大きな壷の中に中指の先ほどの、丸っこい実があふれんばかりに詰まっている。これは彼女にも分かる。ポクンでも散々見ていた疲労回復の効果がある実だ。
　キロの実は木の実のようにも見えるが、そのまま木になっているわけではない。キロの木そのものは夏になると、真っ赤でナツメのような形をした実をたくさんつける。そのタネを乾燥させたのがキロの実、として扱われている。果肉は酸っぱくて食べられたものではない。
　手軽に満腹感を得られるし、長持ちするので旅人には重宝されている。
「ホ、ホ。そうじゃて。…さて、ではあの袋と…そうじゃな、こちらの麻袋…そうじゃ、その壷の左にある、それをな…」
「これですね？」
　キロの実が詰まっている壷のとなりにいくつか袋が並んでいる。
「それじゃ。その二つを持って上がってもらおうかの。年を取るとこんなものまで持てなくなるもんさ…」
　まだもう少しこの地下室を見ていたい彼女だったが…老婆の指した皮袋を棚から下ろして、麻袋を拾い上げる。皮袋はそれほど重くない。どさっと彼女が抱え込んだ瞬間、どこか甘いようなくどいような匂いが漂ってきた。彼女にとっては初めて嗅ぐ匂いだ。
　麻袋は皮袋の半分くらいしかないのだが、ずっしりと重い。最初は両手にぶら下げようかと思ったらしい。しかし麻袋の方が重いのでこちらを右腕に抱えて、左腕を少し曲げて麻袋の口をつかむ形になる。こうしないと階段も上れないし、何より麻袋を引きずってしまう。
　すでに階段の途中まで上がっていた老婆は、彼女が地下室のドアを閉めるのを見ると、先に上って行った。

　あまり力のある方ではない。背も低いし。フラニチカは階段を一歩一歩確かめるように上る。何せ足元がよく見えない姿勢だ。
　もう少しでこの階段もおしまい、というところで上から話し声が聞こえてきた。誰か客でも来たのだろう、とあまり彼女は気にしていない。今は無事に上まで行くことで精一杯だ。
「ふう…」
　なんとか辿りついた。荷物を置いて軽く一息。
「これ、どこに置きま…」
　と言って顔を上げたその時。思いっきり硬直してしまった。

　店にはマルガレーテ婆さんと客が一人。客は筒状の布地を一本持っている。彼女が地下から上がって来たのを見て、老婆はにこりと微笑む。客の方は、と言うと…。
　ちらっと彼女を見るとすぐに老婆に視線を戻してしまった。
　…なんでこいつがいるの…？
　さっきの少年だ。

「婆ちゃん。親父がついでにこれも持って行けってさ」
「ほいほい。いつもすまないねえ…ハウズ坊」
「坊はやめてくれって言ってるだろ」
　ふん、と鼻を鳴らす。たしかに背の高さだけなら老婆の倍はありそうだが、まだまだ顔つきは大人のものではない。
「フラニチカや。紹介しておこうかねえ…これはハウズ、と言ってね。裏の染物屋のせがれさね」
「は、はい…どうも…」
　フラニチカは人形みたいに頭を下げる。…自分でもぎこちないな、と思ってしまうが…なぜか心臓のドキドキが止まらない。
　…ハウズ、っていうんだ…。
「こちらのお嬢さんはわざわざポクンから来たルートセラーでね、フラニチカ、と言うんだよ。…ハウズ坊？　どうした？」
「なんでもない。それじゃ」
　手にしていた青い布の筒を老婆に押し付けると、機嫌悪そうな顔をしてさっさと出て行ってしまう。

「……」
　一瞬、何がなんだか分からない顔になるフラニチカ。
「ホ、ホ、ホ…若いってのはいいさねえ…」
　何がいいんだか彼女にはさっぱり分からない。老婆はにこにこしながら棚の引出しに布をしまう。ハウズ、という少年は老婆に手紙を持って来たらしい。受け取ったその手紙は大事そうに懐にしまう。
「さて、ではその乾燥脂とピルロの実をこっちへ持って来ておくれ」
「…………」
「フラニチカ？　フラニチカ・ラッセン？」
「はっ、はい！　こっち、ですか？」