TheRootSeller 外伝 1 「二人の未熟者」　[5]

　…な・ん・だっ・て・のよ…あいつ…。
　人の顔を見ようともしない。こっちはきちんと（かなり微妙だが）挨拶してるってのに…とフラニチカはずっと夕方まで気になっていた。
　その後は年配の客が一人。それもマルガレーテ婆さんの知り合いか…もしくはビルマコッチャの人だったらしい。口調は乱暴だったがお付きの人が何人かいたりして。結構偉い人だったのかも知れない。老婆が気安く応対しているのを見て、お付きの一人が逆上しかかったのがフラニチカには何かおかしかった。
「んじゃあ、また来るからよ。生きていてくンな」
　と、その人は気軽な感じで老婆を抱き寄せていた。マルガレーテ婆さんもそれに快く応じていた。
　お付きの人も含めてみんなが頭を剃っていたのも奇妙、と言えば奇妙だった。

　太陽が沈む少し前。老婆は出かける支度をしている。なんでも薬草問屋同士の寄り合いがあるとか。
「…それじゃあ、フラニチカ。ちょっとこのババは出かけてくるでの。値段はこの表に書いてある。裏側には細かいことも書いてあるでの。それでも困ることがあったら…また明日おいで、って言っておけばいいさね」
「私で大丈夫でしょうか…？」
　まだ不安なフラニチカ。薬草や木の実の値段が記された紙の束を渡されても不安は消えない。
「大丈夫じゃて…ここでお客さんに接するのもあんたの為になる。そう信じておる。助っ人も呼んでおいたでの。まあ、気楽におやり…じゃあな」
　それだけ言われて店に一人、残されてしまった。

　…お客さんもあんまり来ないみたいだし…大丈夫かな。
　昼でも店内が暗いのでランプはつけっ放しにしているとか。紙の束をめくって見ると、初めて目にする名前ばかり。ふと裏返して見ると…『暗くなってお客さんも来ないようだったら店を閉めておしまい。火の始末は忘れずに。食事はかまどのところにあるから…』などなど。言われた通り細かい注意書きがしてあった。
　少し、ほっとした。
　カウンター…と言っても粗末な木の板が張ってあるだけだが…の向こうでちょこん、と座ったままのフラニチカ。
　そう思ってもいきなり誰か来て、見たことも聞いたこともない薬草とか注文されたらどうしよう…という恐怖にも似た不安は消えない。誰も来なかったらそれはそれでいいかな…と思ってしまう。
　…ところで…助っ人って…誰？　この町に来てからそれほど経ってないし…私の知らない人かな…。
　と思っていたらドアが勢いよく開いた。夕焼けも一緒に店内に入り込んでくる。
「婆ちゃん、なんだよ、何か用か？」
　…まさか…この人？

「……」
「……」
　しばし無言の二人。
「…なんだ…お前だけかよ」
　ハウズは不機嫌そうに視線を反らすと、がしがしと頭をかく。
「あの…」
「いいから黙って座ってろよ…ったく」
　…帰っちゃうの…かな…。
　しかしハウズは老婆が使っていた藤製の椅子を強引に寄せると、彼女に背を向けるようにどっかりと腰を下ろす。

　何を話していいのか分からない沈黙が流れる。いわゆる『気まずい沈黙』というやつだ。
　フラニチカは黙ってハウズの後ろ姿を見ていた。
　…けっこうたくましいんだ。
　彼女は知らないと思うが、染物は重労働である。材料や布地の選別に始まって染液の作成、染め、そして定着。場合によってはこの工程を何度となく繰り返す…集中力も要求されるが、肉体を酷使する作業ばかりだ。しかも職業としてやっているならこんな作業が毎日続くことになる。
　ポクンの町にこんな人はいなかった。いや、染物を生業としている人はいなかったのだが…。

　…やっぱり私が嫌いなのかな…。
　いきなりやって来たよそ者だし…と内心悲しくなってくる。
　…ビルマコッチャほど大きな町なら私なんかより面白い人はいっぱいいるだろうし…。
「…イルトンランド、行ったことあるか？」
「…な、何？」
「なんでもねえよ」
　相変わらず背を向けたまま。
「何？　なんのこと？」