TheRootSeller 外伝 1 「二人の未熟者」　[6]

「なんでもねえってばよ。座ってろよ」
　いつのまにか腰を浮かせていたらしい。言われるまで気づかなかった。
「でも…イルトンランドがどうって…？　私、サウザムランドから来たばっかりだし…」
「なんでもねえってことだ」
　それっきり黙って腕を組んだまま、こっちを見ようともしない。

　…誰かお客さんが来たらいいのに。
　と、さっきまでとは正反対のことまで考えてしまう。手持ち無沙汰な時間と空間。何かしゃべらないといけないような気分になっていた。

「……」
「イルトンランド…ってここより東よね」
「……」
「私、まだまだ成りたてのルートセラーだから…北へ…セントレランドへ来るのもこれが初めてなの」
　ハウズは聞いているのかいないのか…。
「ポクン、っていう町から来たの。知ってる？」
「…せえ」
「何？」
　何を言ったのか聞き取れない。身を乗り出すフラニチカ。
「うるせえ、って言ったんだよ！」

「黙ってろよ…ったく。ごちゃごちゃとよ…」
　相変わらず顔が見えないのでどういう表情なのか分からない。自分の膝で手を突っ張るようにしてわずかに下を向いている。
「お前はそこに座ってりゃいいんだろ？　俺がここにいるんだからよ！」
　…ひどい…。
　サウザムランドのポクンからここ、セントレランドのビルマコッチャまで歩くと二週間はかかる。途中、何かの不気味な遠吠えが聞こえる中初めて一人で野宿した時も、路銀をなくしそうになった時も決して弱音を吐かなかった彼女だ。

「どうしてそういう風に、言うの…？」
　ぽとり、とカウンターに涙が落ちる。その数は次第に増えていく。
「私、何かあなたにしたの？　ねえ、悪いことしたの？　今だってそうじゃない…どうして…どうして…私の…顔、見て…話して、くれない…の…？」
　両手で顔を覆ってしまう。止めよう、としても止まらないのがこういう時の涙、ではある。細く尾を引くような嗚咽がどうしても止まらない…。

　ハウズは…。
　彼女に背を向けたままなのは変わらない。だが、何度も上を向いたり意味もなく握り締めた拳を振り回したりしている。
　何か迷っているようにも見える。
　と…勢いよく立ち上がると、大股にカウンターに近付く。フラニチカは顔を覆ったままだ。
　うっすらと青く染まった両腕を、だん、とカウンターにつく。小さな壷がかたかたと音を立てる。
　フラニチカが腫れた目を上げる。真っ赤で真剣な顔をしたハウズ…。その顔がすぐ目の前にある。
　どきん、と一度高鳴りをはじめた心臓はなかなか収まりそうもない。それは二人とも同じだ。
「あのな、俺は…」
　今度はしっかりと目を見ることができた。その澄んだ目は決意を秘めて深く沈んでいる。
　…え…？

「よっほーい！　ハウズ！　やっぱここだったかー！」
　いきなりドアを開けて入ってきたのはハウズよりも少し、背の低い少年。もうすでに表は暗くなっている。
「ロッツ…」
「いやあ、親父さんに聞いたらまだここじゃないかって言うからよ、ちょっと迷っちまったぜ…あははは」
　ロッツと呼ばれたその明るい少年は無遠慮にあちこちを見回す。
　一瞬硬直した二人だったが…ハウズは思い切り後ろに跳んでカウンターを離れる。
「何しに来た…？」
「決まってんだろ？　お前に会いに来たんだよーん…ほおおお？」
　うつむいてしまったフラニチカに目をやる。
「はっはあ…こりゃあ…ちょっとお邪魔だったかな…」
「…何言ってんだよ…おめえは…」
　ぐい、とロッツの胸倉をつかみ上げる。だが彼はあまり動じていないようだ。こういうハウズに慣れているのかも知れない。
「まあまあ、いいじゃねえか。…よ、こんばんは」
　と、軽くひねるようにハウズの手をはずすと、軽い身のこなしでカウンターに腰掛ける。
「…あ、はい。こんばんは」
　ぐいっと顔をこすって顔を上げるフラニチカ。両頬はまだほんのりと紅に染まっている。