TheRootSeller 外伝 1 「二人の未熟者」　[7]

「ふーん…君かあ…可愛いルートセラーが来たってみんな噂してたからね。うーん…なるほどねえ…」
　わざとらしく腕を組んで、しきりにうなずいている。
「…もういいだろうが。おめえは帰れよ」
　フラニチカとロッツの間をさえぎるようにカウンターに割り込むハウズ。
「なんでさ」
「俺たちはここで婆ちゃんの店番やってんだ。冷やかしなら帰れよ」
「あんまり固いこと言うなよハウズ～。…お嬢さん、お名前は？」
　大きなハウズの体を、ひょい、とかわすように顔を出す。
「え？　あ、フラニチカ…」
「フラニチカ…フランちゃんだね。うーん…名前も可愛いねえ…」

　そんな名前で呼ばれたことすらないフラニチカは目をぱちくりさせている。
「…もう帰れよ」
「うわあ。なんか君の護衛が怖そうな顔してるからね…殴られないうちに帰った方がいいみたいだね…」
　と大げさに肩をすくめて見せてからドアのところまで行ったのだが…。
「…おい、ハウズ。お客さん…だぜ？」

　いつのまにか来ていたのか。小さな女の子が一人、ドアの内側に立っている。
「…あ、ごめんなさい。いらっしゃい」
　フラニチカがあわてて立ち上がる。
　…なんでまだドキドキしてるんだろ…私。
　喉に何かひっかかったような表情で、何度も何度も胸を撫でる。
　そんな彼女の顔をきょとん、とした顔で見る。
「ここ、まだ、やってる？」
「ええ、やってるわよ」
　…なんて大きなリボン。
　と少し落ち着いてきた彼女は思った。この地方にはこういう風習があるのかしら…？　こういう子供にはリボンをつける、とか…？

　あまり物怖じしない性格なのかも知れない。驚いた顔をしたままのロッツと、軽く咳払いなんかしているハウズをそれぞれ見上げながら女の子はとことこと歩いてくる。
　もう外は暗くなってきているから、天井とカウンター、そして棚の上にあるランプの光がその闇をかろうじて追い払っている。それでなくてもあまり光の差さない店内。ほとんど丸一日ランプをつけているようなものだ。
　カウンターの下まで来ると大きな目でじっと見上げる。フラニチカもカウンターから乗り出すように両肘をつく。
「何が欲しいの？　お使い？」
　彼女の問いにぶんぶんと頭を横に振る。それにつれて大きな赤いリボンも、まるで蝶が風に揺れる花につかまるように大きく揺れる。よく見ると細かくて丁寧な刺繍がしてある。立派な布を使っているようだ。
「あのね、スプーヤ草、ない？」
「…スプーヤ草…」
　聞いたこともない。マルガレーテ婆さんにもらった紙の束をめくって調べてみると…『不定期入荷』と記されてあった。いつ入るか分からない、ということだ。
「ごめんね。ちょっと私じゃ分からないの。明日、また来てくれる？　詳しいことが分かると思うから…」
　ハウズとロッツがいるからだろう、対応も落ち着いたものだ。
　マルガレーテ婆さんならいつ入るか分かるかも知れない。在庫にあれば『在庫あり』と書いてあるはずだし。
　それを聞くと小さな女の子は、一回だけ、こくりとうなずいた。そしてくるりと背を向けると、ととっとドアの方へ走って行ってしまう。
「あ…ねえ、名前は？　明日来れる？」
　小さな女の子はそれに答えず、ただ、ドアに半分体を隠してにこっと笑っただけだった。

　…ああいう小さな子供も来るのね…。
　と思っていたフラニチカだったが。
「おい…ハウズ、気づいたか？」
「何がだよ」
　ロッツの声が震えている。
「あの子…影、なかったぜ…？」
　ランプはこうこうとした明りで店内を照らし続けている…。