TheRootSeller 外伝 1 「二人の未熟者」　[9]

　布をどけてみると美味しそうなパンが六つ、置いてあった。
　フラニチカ一人のためにこれだけの数を用意しておいたとは思えない。『助っ人』の分も勘定に入っているようだ。

　パンを食べてスープをすする二人。どちらも無言だ。
　しかしフラニチカは…そう言えば朝に携行食の干肉を食べたきりだったっけ…とかぼうっと考えていた。パンもスープも美味しい。こういう店だからこその材料を使っているのかも知れない。
　この明るさだからここまで落ち着けるのだろう。月明かりとランプ一つを合わせても昼間のように、とは言えない。あくまで月明かりはさりげなく包み込むだけだし、ランプは必要最低限の光しか与えてくれない。
　ハウズと向かい合って座っているが、相手の顔は見えても表情までは読み取れない。

　もくもくと食事をしている様子は分かる。相変わらず視線は彼女からはずしたまま。
　たぶんまた不機嫌そうな顔をしているんだろうな…とフラニチカはなぜかまた、おかしくなってきた。今日会って、まだ一日も経っていない人なのに。何年も前からこうしてテーブルを囲んでいるような、そんな錯覚すら覚えてしまう。
　…こういう風に人と会うこともルートセラーには必要なことなのかな…。
　ビルマコッチャに来てから会った人はもちろん全員初対面の人ばかりだ。話した人もいればそうでない人もいる。今日会った人にはもう会えないかも知れない。だけど、明日にはまた別の出会いが待っている…。

　ハウズはさっさと食事を終えると片付けを始めた。フラニチカもあわてて食べ終える。
「あ、私が…」
　しかしハウズは黙ったままフラニチカの皿も片付けてしまった。
「あの…今日はありがとう。とっても嬉しかった」
「……」
「とっても安心できた…うん」
「…とっとと寝ろよ」
　どんな顔をしているか、までは暗くてよく見えない。彼女を見ているのか見ていないのか。

「俺がいてやるから」
　店の方へ背もたれのある椅子を持って行く。かまどのある部屋にあったやつだ。もう暗くなって、わずかにしか見えないが、こちらにもうっすらと月の光が入り込んでいる。
「…じゃあ、私も」
　フラニチカも手探りでカウンターの席に座る。ハウズは何も言わない。カウンターの方を向くこともない。
　そのうちに眠くなってきた。色々あった一日だったから…。
　…この人、あの時何を言おうとしていたのかしら…？
『あのな、俺は…』
　ロッツが来る直前の光景が頭に浮かんだが…それもすぐに眠気の波が押し流してしまった。

　……。

「おはよう。起きたかねえ？」
　カウンターに突っ伏していたフラニチカはその声で目が覚めた。
　…朝？
　朝でも直接日光の差さない店内。しかしそれでも明るさは夜とは段違いだ。ランプでは照らしきれなかった部分まではっきりと見える。
「あ…おはようございます…」
　と体を動かしたらばさっと何かが落ちた。…青い、布？
「ハウズ坊がかけてくれたらしいねえ。奥に毛布もあるのに。不器用なやつさね…」
　マルガレーテ婆さんは笑っている。ハウズは自分が老婆に持ってきた布を寝てしまったフラニチカにかけてくれたらしい。…普通に袋か何かに仕上げるものらしく、あまり柔らかくない。正直、布団のようには使えない代物だが…。
「あの、あの人は…」
「ついさっきまでおったがね。今頃は家で寝ているだろうて。あんたを寝室へ運んでやろうとしたら『起きちまうだろ、寝かしておいてやれよ』とか真剣な顔で言ってねえ…このババがおるからお帰り、と言っても『心配だから』とか言ってね、なかなか帰らないんさ。ホッホ、変われば変わるもんさね…あのハウズ坊がねえ…」
　『あのハウズ坊』と言われてもフラニチカには分からない。きょとん、とした顔で老婆を見る。
「こんな小さな頃からこの店には出入りしていてね」
　自分の膝くらいで手を動かして見せる。
「頭を撫でると怒るんさ。『こども扱いするな』ってね。ほんに無愛想でねえ…あれが女の子としゃべっている、なんて見たことも聞いたこともなかったもんさね。…さ、どうするね？　まだ少し寝るか…それとも食事にするかね？」
「起きます、起きます」
　彼女はあわてて起き上がると、青い布を丁寧にしまう。老婆に言われてそれを引き出しに収めた。