TheRootSeller 外伝 1 「二人の未熟者」　[11]

「今は、ちょっと在庫にないようなのですが…」
　そこへマルガレーテ婆さんがゆっくりと姿を見せる。
「……」
「…じゃ、これくらいの女の子なんだけど、この店には来なかったかしら？」
　自分の腰くらいで手を前後に振って見せる。
「頭に真っ赤なリボンを付けてるはずなんだけど」
「あ、昨日の夜に来ましたよ」
　フラニチカはすぐに思い当たった。昨日の女の子のことだろう。

　雨はまだ降り続いている。外の騒ぎも一段落したようだ。マルガレーテ婆さんはドアによりかかって、店には一つだけある小さな明り取りの窓からそんな外を見ているようだが、ここからではよく見えないだろう。
　フラニチカはまだまだ慣れない接客だが、一生懸命だ。

「スプーヤ草が欲しいって言ってましたけど」
「…うーん…やっぱりこういう処に来てたのね…」
　腕を組んで何か考え込んでいるようだ。その時彼女は思ったのだが…なぜだろう、着ている服装がやけに古くさく見える。どこがどう、とはうまく言えない。が、昔に絵本で見たような格好をしている…。
　あの女の子のリボンもそうだったような…と思い返していた。
　たくさんの人があちこちから来ては去っていくビルマコッチャ。こういう服装をしている人が歩いていてもおかしくはない。
「今日、もう一度来たら詳しいことが分かる、とは言ったのですが」
「そう…じゃ、また来るわね。ありがとう」
　その女性はくるりと踵を返す。

「…娘さん、だね」
　老婆が静かに声をかける。
「もういいんじゃないのかねえ…」
「え…？」
　フラニチカが驚いた顔で老婆を見る。雨はその激しさを増している。この季節、この地方ではまずありえないこと。
「…お気づきでしたか」
　女性は向こうを向いたままだ。顔は見えない。
「ホッホ。これだけ長く生きているとねえ…色々あるもんさね」
「私は…娘を探さないといけません。あの娘は…私の…」
「なら、そのうちここに来るさ。このフラニチカがいるからね」
「では、よろしく、お願い、いたします…」

　フラニチカは自分の目を疑ってしまった。何度もこすって見た。
　その女性は、ふと、天井を見上げて…それから…。
　まるで地面に吸い込まれていくように消えてしまったからだ。
　真夏の氷が見る見る溶けてしまように。水をかけた粘土細工が崩れてしまうように。
　影すら消えてしまったその時、何事もなかったように雨は上がっていた…。

「あ…あ、あの…」
　指を女性がいたあたりと自分を交互に指して、視線を老婆と宙にさまよわせる。
「あれ、その…」
「気にすることはないて。ああいうお客さんも世の中にはいるもんさね…」
　老婆は落ち着いたものだ。藤製の椅子を引き寄せてどっこいしょっと腰掛ける。
「でも、あの…」
「ロッツ坊の直感は大当たり、ということさね。さ、行っておいで」
　にこり、と笑みを彼女に向ける。
「…どこへ、ですか？」
「スプーヤ草を探しに、だよ。今の時期なら…そうだねえ、ノニイ平原ならあるかも知れない」
「…えーと…」
「ビルマコッチャのすぐ東にある平原でね。山おろしがきついぶん、いくらか気温が低いでな。あそこなら今でもあるかも知れないねえ…」
　再びにこり、と笑みを向ける。
「いいかい。必ず、絶対探してくるんだよ。あのお客さんにとっては大事な、大事な物なんだからね」