TheRootSeller 外伝 1 「二人の未熟者」　[14]

　いきなり言われてフラニチカは頭の中が真っ白になってしまった。
「え…あの、その、えと、あはは…んーと…」
「フランさん、顔が真っ赤っかー！」
　やたらとはしゃぎ回るリッツの頭をロッツが無遠慮に押さえ込む。
「…お兄ちゃん、痛い…」

「ふ。まあ、その反応見ればいいや」
　にかっと笑って妹を離す。頭をおさえて半泣き状態のリッツ。
「…お兄ちゃん…父さんに言うからね…」
「やつのことは頼むよ。ぶっきらぼうなやつだけどね。…いいやつなんだ、これが」
「明日の小麦粉運び、お兄ちゃんだからね…」
「んじゃっ！　そーいうことで！　マルガレーテ婆さんの店はここからまっすぐ行って、つきあたりを右曲がってそれからちょっと長いけど、二つ目の角を左に…じゃなくて右だから！」
　ふくれたままのリッツを担ぐようにして走って行ってしまった。
「あ！　…それから、あいつ、フレシュニがどうとかいつも言ってるから…力になってやってくれよな！」
「待って！　フレシュニって…」
　…あのフレシュニ？　もうほとんど手に入らないってジロドワさんが言ってた…。
　いつのまにか…ビルマコッチャのあの騒々しかった大通りに立っていた。夜になるとここまで人通りがなくなってしまうのか…と少し、驚いた。もう誰も歩いていない。まるで祭が終わった後のようだ。

　それから何度も迷って…なんとかあの井戸のそばまで来ることができた。マルガレーテ婆さんの店の、すぐ前だ。
「ふう…」
　ほっと息をついた。やっぱりこの町は慣れないのかも…と思っていると…。
　誰かが井戸のそばにいる。しゃがみこんで何かやっているようにも見えるが…月すら雲の隠れてしまっているこの暗さでは、よく見えない。
「……」
　ここまで誰にも会わずに来たのに…と少し、足が止まる。でもここを通らないと店には帰れない。他に道も知らないし。
　思い切って胸を張って歩いて行くことにする。…怖がる必要なんかないんだ、と。
　三歩…二歩…一歩…とその人影に近付いて行く。
　その人影はちらりとこっちを見ると…立ち上がった。

「…なんだお前かよ」
　ハウズだ。ほうっと力が抜けていきそうになるフラニチカ。
「婆ちゃんまだ待ってんぞ。…じゃ」
　面倒くさそうにそう言うと…マルガレーテ婆さんの店の裏、つまり自分の家に帰ろうとしてしまう。
「あの…待って！」
　どきん、と高鳴った胸は考えもしない言葉を紡ぎ出していた。

「フレシュニ…がどうかしたの？」
「…ロッツか。余計なことを」
「でもでも！　私に何かできるなら…」
「こいつがフレシュニだよ」
　と、さっきまでしゃがみこんでいたあたりを指す。暗がりの中に小さな白い花が咲いている。…そう言えば彼女が初めてここに来た時も咲いていた、はずだ。
「根を使うとすっごく深い紫色に染まるんだ。すっごく綺麗なんだ。でもな…」
　彼の顔は暗くて見えない。でも、すっごく嬉しそうに見える。

「…こいつじゃあんな色は出ねえ。しょせん栽培種だからな、これは」
　栽培種とは人為的に種まき、育成、収穫を繰り返した結果、一部の能力が弱くなってしまった種類のこと。元の植物とは外見上、ほとんど違いはない。別の植物になってしまったわけでもないのだが。
「野生種を探しているの…？」
　物によっては自然の状態で生えている野生種の方が珍重される。フレシュニもそういう植物のようだ。
「ああ」
　ふと、彼女の脳裏を彼の言葉がよぎる。
「イルトンランドにあるの…？」

　ハウズは何も言わなかった。ただ、あいまいにうなずいただけだ。
「じゃあ…じゃあ、私が採ってきてあげる。今はまだ無理だけど、しばらくしたら…」
「…余計なことするな！」
　吐き捨てるハウズ。
「俺が採ってくるんだ。俺が採って来て俺のこの手で染めるんだ！」
　フラニチカは息もできなかった。今のハウズはしっかりと自分の目を見ている。ここまで暗くてもぎらりと光ったそれは…分かる。
　その目は…。
　…怖い。
「…くだらねえこと言うな。さっさと行っちまえよ…」
　それだけ言い捨てるとぷい、と戻って行ってしまった。