TheRootSeller 外伝 1 「二人の未熟者」　[15]

「…おや。遅かったねえ」
　マルガレーテ婆さんは店で待っていてくれた。
「はい…。ごめんなさい…」
「それは構わないんだよ。で、どうだったかね？」
　黙って首を横に振るフラニチカ。
「そうかえ…じゃあ、このランプを持ってお行き。それからさっき調べてみたらもっと山に近いほうがいいようだねえ。街道をもちっと北に行ってから平原に入ってごらん。そこならたぶん見つかるはずさね。以前ここに来たことのあるルートセラーがそんな感じのことを言ってたしねえ…」
「もう…見つからないんじゃないですか…？　あれだけ探してもなかったのに。もういいでしょう…」
　うつむいたまま投げ捨てるように答える。声が少し、震えている…。

　何か様子がおかしいな、とは思った老婆だったが…。
「何を言うんだね。あのお客さんはずっと待ってるんだよ？　どうするね？」
「それは…」
「どんな人でも…人でなくてもいいさね。ルートセラー、という知識と技術を頼っているんだよ？　それに応えられなくて…どうするね？」
「……」
「あのお客さんは人じゃあないよ。それでも『生きよう』としているんだよ。スプーヤ草、という繋がりでもってね…それを無下に扱うつもりなのかね？」
「……」
　フラニチカは黙ったまま老婆の言葉が自分に突き刺さるのを耐えていた。ちらりと見上げると…老婆の真剣な、見たこともないほど真剣な目の光。今の自分には痛い。
　…私は…十分に探してきたんだろうか…まだまだ探せるところはあったんじゃないだろうか……。
「さあ、お行き。そして自分の限界まで探しておいで。できるところまでやっておいで」
「…はい」
　ぽたり、と何かが一滴、床に落ちた。後ろを向いて何かをしている老婆は気づかない。

「それからね、これは夜食だよ…しっかり食べておくれ。ハウズ坊にも声をかけておこうかねえ…フラニチカ？　フラニチカ・ラッセン？」
　ロッツの店で買ったパンが入ったバスケットを差し出したが…振り向いて見るとフラニチカはもういなかった。

　…私が。
　ランプをぶら下げたまま彼女は走った。
　…私が未熟だからだめなんだ。
　道順など気にもしていない。真っ暗な路地をただひたすら走る。
　…私が、もっと、もっと色んなことを知ってたら…。
　いつのまにか、しんとした大通りを走っていた。
　…スプーヤ草だって…フレシュニだって…。
　真っ暗な街道。道は少し上り坂になっている。
　…ハウズさんも…。
　ふと、その足を止めた。

　完全に夜になった平原は昼間よりも広く見える。
　涙と汗に濡れた顔で辺りを見回す。息は荒い。つと、その頬を風が撫でた。少し冷静になれ、というノニイ平原の穏やかな警告だったのかも知れない。
　でも彼女はそんな風にも気づかない。
「私が！」
　と叫ぶとそのまま平原に突っ込む。月明かりはそんな彼女を優しく照らしているが、それすらも気づいていない。
　夕方と違って無防備な格好だ。長袖の上着もないし、皮の手袋もない。ケウェリアシはそんな彼女の薄皮を容赦なく切り刻む。
「…う、うえっぐ…うぐ…」
　ざん、とまるで何かに許しを乞うように両手をつく。そして…激しい嗚咽が喉から、拭いきれない湯のような涙が二つの眸からあふれだした。
　まだ一人で野宿する方がましだった。
　無一文になりそうになった時の方が悲しくなかった。
「…うわああああ…ああああん…ああああああああ」
　止まらなかった。
「うああああ…あああああああ…」