TheRootSeller 外伝 2 「我が思い、翼となりて」　[2-8]

「…ごめんなさい。あたしじゃ、ちょっと、分かんないかな…」
　もっとはっきりした情報がないとこういう『探し出す』依頼は難しい。書物など人の手が加わったものならなおさらだ。その辺に落ちている…ということもあり得ないわけではないが、まずそんなことはない。どんな小さなことでもいいから情報は欲しい。
「そうですか…」
　あまり気にしていない様子でドルトンがつぶやいた。それでも少し、残念そうな余韻がある。

　…なんか…悪いかな…。
「もう少し手がかりがあればどうにかなるかも」
「いえいえ、私がどんな書物だか分かっていれば、もっとお願いしやすいのですから」
「まあ…そりゃあね…」
「何年か前にそういう噂を聞いた、ということにしておいてください。それを探しながら旅をしている、ということで」

　ふと…ドリスは思った。
　…もしかして…ただ旅の目的が欲しかっただけなんじゃないだろうか。送り先の相手が存在しない薬協の伝言と同じ、何でもいいから、どんなちっぽけなことでもいいから目的が欲しい。
　どこかで聞きかじったヨタ話でも立派な目的に仕立て上げることはできる。ただただ旅を続けるよりも、どんな形でもいいから目的があれば旅を続けやすくなる。
　商用や仕事のための旅ではない、『旅をする』という行為が旅を続ける目的となってしまった人たちはたくさんいる。そもそもは何か目的や目標を持って始めたはずだ。故郷を出る時に「～をするまでは！」的な誓いを立てた者もいるだろう。しかしいつの間にか何の目的も持たずに旅を重ねているようにしか、自分にも他人にも見えなくなってしまう。
　…本当に俺はここにいていいのか。
　…何をしているんだ、俺は。
　迷いは突然に襲ってくる。すぐに振り切ってしまえるほど小さな思いの時もある。しばらくうじうじと悩むことになることもある。そういう思いは、やがて年輪のように心と肉体に蓄積されていく。
　そしてその思いに囚われてしまった時…全てに疲れきった抜け殻のような旅人が出来上がる。
　ドリスもそうなってしまった旅人を何人か見たことがある。湿った枯れ木のようなその身をベッドに横たえ、朝になった…ベッドから起きて…することがない、じゃあ、寝ているか…いやでも…何のためにここにいるんだ…そんな思いと迷いと願いが頭の中で延々と途切れることなく循環していく。ベッドから半身でも起こしていればまだましな方だ。ほとんどは布団を肩あたりまでかけたまま、ぼんやりと天井を見つめていた。
　死んだ魚のような、濁った瞳。その目はわけもなく哀しくて、怖かった。自分もいつかはそうなってしまうのだろうか…。

　そういう連中と同じなのか…と、そっとドルトンの顔を見上げてみる。
　…いや…なんか…
　違うかな…。
　少なくともこの人の眼は何かを求めている。それがその「誰にも知られていない書物」なんだろうけど…。
「…何か、私の顔についてますか？」
　つるりと無精ひげだらけの顔をなでて見せる。
「あ、いえ…別に」
　見つかるのだろうか…『どこかでそういう噂を聞いた』とか、そんな不確かな情報で…。見つける気があるのだろうか。

「…あの」
「はい？」
　ふうっ…と再び煙を吐いて見せるが、ごくごく自然な動作だ。屈託がない、と言ってもいい。
「あの、なんでこんなとこまで…？」
　まさかいきなり『本気でそんなもの探しているの？』とも聞けない。本気なのは分かっているのだ。ただ、そのやり方が「？？？」なだけだ。だからこんな質問になってしまう。
「ああ、それはあの和尚さんのおかげですよ。知り合いに腕のいいルートセラーがいる、と聞きましてね。単道経も興味深いものですし…あの人の話も面白い。ついつい…なんとなく、ここまでついて来てしまった、というわけで」
　気を悪くする様子もなく答えるドルトン。

　