TheRootSeller 外伝 2 「我が思い、翼となりて」　[2-9]

「何か、そういうものってあると思いますよ。うん、別にアレが欲しい、コレをやりたい、という思いだけじゃなくてもいいような。世の中全部割り切って進むだけじゃないような…ね。私は『なんとなく』和尚さんについて来たんです。和尚さんも言ってました。いつオレの元からいなくなっても構わない。その方が気が楽だ。おい、変な挨拶なンかいらねえンだからな、好きな時に消えちまえってね」
　ちょっと困ったような笑みを浮かべてくせっ毛だらけの髪をかく。ドリスより年上なのだろうけど、なんだか、そうは見えない。
「あなたもそうじゃないんですか？　いつやめても構わないでしょう。ルートセラーを」
「……は」
「知識を生かせる職業なら他にいくらでもあります。これまで積み重ねてきた経験もいい材料になります。ノスクルバーグにでも行ってみればそういう人材を求めている所もあるでしょうに」
　シポルニアス王国の首都、ノスクルバーグなら起業家や駆け出しの実業家は掃いて捨てるほどいる。そんな中でチャンスをつかもうと考えるのはそれほど不自然ではない。何度も訪れているドリスもそのことはよく知っている。あるいはビルマコッチャなど商店や問屋が集まる都市に定住してもいいわけだ。たとえほんのわずかな期間でもルートセラーとしてやっていたなら、その知識と経験は、全くそういうことを知らない人間を雇うよりもはるかに率がよくなる。
　もし人に使われるのが嫌なら自分で店を開いてもいい。あのマルガレーテばあさんも昔はあちこち飛び回るルートセラーだったと聞いている。その頃から体得していた目利きの能力をもってあの店を開いている。しばらく資金を貯めるか、信用できる筋から借金でもすればドリスでも不可能なことではない。
「それとも…やはり行商するルートセラーにこだわりますか？」

　が…そんなことは考えたことがなかった。
　ドリスにとって各地を旅して回る、ということは空気や水を求めることと同じだ。それ以外のことは考えられない。いくつもの依頼を今でも抱えているせいもある。依頼が依頼を呼ぶ、という場合もある。お客さんの信用は裏切れない。
　しかし…。
　もし…その依頼が途絶えてしまったら？　今まででもそういう状況がなかったわけではない。食うや食わずで過ごしたことも数え切れない。それもこれも仕事がなかったからだ。まとまった金の入る仕事があればこんなことはしなくてもいい。
　だけど…。

　旅に疲れきって抜け殻になったしまった、幽鬼のような旅人の姿が、チラ、と頭の端をよぎる。
　いつかはああいう姿になってしまうのか。
　ほどほどで止めた方がいいのじゃないのか。
　行き着くところまで行ってしまったら…。あとは…。

「たぶん、だけど。あたしは…旅をやめられない」

　ほう？　という顔のドルトン。
「どこかに止まってしまうのが嫌…じゃなくて怖いんでしょうね。臆病者なのよ、あたし。いつも新しい何かを感じていたいの。古いものも好きだけど、あたしの周りだけは新しくしていたいって言うかなんて言ったらいいのかね…」
　そっと空を見上げる。
「どっかにとどまってしまったら、それで全部が終わってしまいそうな。ほんとはそんなことないはずなのにね。何にだって抜け道はあるはずだから。でも…それが、止まってしまうのが怖い。だから…あたしは旅を続ける。たぶん…死ぬまで。死ぬ時は…どこかで野たれ死んでるでしょうね」
「それに合った職業ですな、たしかに」
「ええ。だからルートセラーはやめられないわ」
「なるほど…」
　軽く腕を組んで、あごを撫でながら微笑む。
「そうですか。いや、あなたと話ができてよかった」
　と、握手を求めてくる。
　…何がなんだかよく分からないまま、なかば呆然、と座ったまま幅の広い手を握りかえすドリス。
「はあ」

　