TheRootSeller 外伝 2 「我が思い、翼となりて」　[2-10]

「では、私はそろそろ…。和尚さんにはドリスさん、あなたから話しておいてください。ドルトンが大変感謝をしていた、と」
「え」
「ではまた。どこかでお会いしましょう」
　くるりと背を向けてしまう。ドリスもつられたように、あわてて立ち上がってしまう。
「いや、あの、そんなに急がなくても…」

「せっかく祭もあるし。楽しんでった方がいいと思うけどなあ」
「いやいや」
　額の辺りで右手のひらを軽く振って見せる。笑みを含んだ目は糸のように細い。
「この村は大変に居心地が良さそうだ。このまま居着いてしまいそうな気がしてしまいましてね」
「…」
　ちょっと微妙なところだ。ドリスにとってここは故郷ではあるが、知り合いがいない…という場所。今後は分からないが、今すぐこの場で居着いてしまう…と考えることはできない。
「お心遣いは感謝しますよ。…でもまあ、私も止めたくはないですし。止めてしまったらそこで終わりですからね」
　…そこで、終わり。
　サウザムランドの雨の中で会った男も言っていたセリフだ。
　…止めてしまったら、そこで終わり。
　…そう、なのよね…止めてしまったら、そこで終わり。全部、終わってしまうんだ…やっぱり…そうなっちゃうんだ…。
　そんなドリスの言葉も待たずに山門に向かって歩き出してしまう。ひらひら、と右手のひらを振りながら。
「だから、思い立った時に動いてみるとしましょう。…まだまだ手がかりはいくつもありますから」
「…あの」
「また、どこかで会いましょう。…それでは」

「…行っちゃった」
　軽く手をにぎにぎ、と動かしてみるとさっきの握手の感覚は残っている。話をしている間中吸っていた煙草の匂いもまだ、そこら中に漂っている。当人はすでに本道へと続く石畳の道をあのふわふわした様子のまま、歩いているのだろう。
　それでも何か、本の中やお芝居の世界を見ていたような気もする。…本当にあの『ドルトン』という男はさっきまで目の前にいたのだろうか。マボロシ、とか、そういうことはないのだろうか。今準備が進んでいる祭は神の化身を祭るものでもある…。
　…まさかね。
「おい、ドリス」
　いつの間にか和尚が後ろに立っている。口元にはどこか不敵な笑みを浮かべたままだ。
「どうだ、面白い奴だっただろうが」
　軽く両手を後ろに組んだまま、かすかに腰を曲げている…ようにも見える。
「まあね」
　しかし和尚の一言はドリスを一気に現実に引き戻した。そうだ、この人はたしかにあの人と一緒に旅をして、ここまで帰ってきているのだ。だから…。
「…またどっかで会えらあ。ンな顔すんな、おめえらしくもねえ」
　つるり、と自分の顔を撫でてみるドリス。
「変な顔？」
「迷子のガキみてえだぞ、今のおめえはよ」
　…迷子、ね。
「で？　どうすンだ？　祭を覗いて行くか？」
「んー…いいわ。あたしもすぐに出発する。仕事もあるし」
「そうか」
　指先で額の辺りを軽くかく。ニ、と笑って見せる。確実に年齢を刻み込んでいるその顔は、しかし、村を出る前に見た顔と変わらないようにも見える。それでもどこかは変わってきているはずなのに。そして…それはドリスも同じ。どこかが、あの頃とは違う自分になってるはず。
　立ち止まることはあっても、止まってはいなかったから。
　ドリスも軽く笑って返した。大きな伸びをして…勢いよく腰を伸ばす、空を見上げる。

　澄んだ空は触れると音を立てて割れてしまいそうなほど青い。

　