TheRootSeller 外伝 2 「我が思い、翼となりて」　[3-2]

　ファイーナはどこか落ち着きなくあちこち見回している。いつもののぼりがないので、雑踏を縫うように歩くドリスを追いつつ、屋根の上を跳びはねている。地元のカラスもあちこちにいるのだが…警戒しているのか近寄ってこない。カラスだけではない、野良猫やら野良犬やら…たくさんのモノと人が動く港は活気に満ちている。
　活気がある、ということは言い換えれば色々な、様々なモノや人がいる、ということでもある。大都市のビルマコッチャなどでもそうだが、こういう場所にはあまりたちの良くない連中も多い。悪質な宿屋や商店もある。雑踏にはこそ泥の類もいる。あまり裏通りに入りすぎると強盗もよく出る、という。
　ドリスもこの町に来てすぐの頃。宿を探している最中、スリに会ってしまった。しかしそのスリは幼い少年。ビルマコッチャだとスリ同士の組織や連携がしっかりしているから少年が一人でやっている、ということはまずない。もちろんとっ捕まえて財布は取り戻したが。…名前も何も聞く前に風を巻いて逃げてしまったものだったが。…こういうところも内陸の町と港町の違うところなのだろう。

「あ…ごめんなさい」
　それでも、こんな細い路地でも人通りがあるのはどこでも同じだ。ついうっかりぶつかってしまった相手は若い女性。年齢はドリスと同じか、少し下だろうか。
「いえ、どういたしまして」
　と向こうも軽く頭を下げて数歩、人ごみの中へと歩いていく。…しかしその足を止める。

「……」
「……」

　ドリスも行きかけて…立ち止まる。かかとを軸にして、くるっと振り返る。ぶら下げていた桶から海水が少し飛び散ったが…気にしない。漁師風の若い男がちょっと、顔をしかめて二人の間を通り抜ける。ポルドバのちょっとはずれた細い路地。
　向かい合った二人だけが舞台上でスポットライトを浴びているかのように凍りつく。
　…相手の女性がすうっと指先をドリスにつきつけて…
「ど、ど…どりす・あんふぇるん！？」
　ファイーナがぶるぶるっと頭を振る。羽を逆立てる。不吉な声を一声、絞り出すと…逃げるように飛び立ってしまう。

　…見なかったことにしよう。
　ドリスは心の中で強く、思うと…再びかかとを軸にしてくるりと背を向けすたすたと走り出だす。…あんまり、あんなのと係わり合いになりたくないし、うん、いや、別にあたしが望んだわけでもないし。あんな、どこからどう見てもヤバそうだし…。
「お待ちなさい、ドリス！」
　だからあたしとあんたは別に知り合いじゃないし、うん、そう、それがいい。
「忘れたのですか？　ほら、私…」
　忘れた。
「は…」
　知らんっつーに。
「ハウファ・アンダスンですわ」

　強烈な目まいを感じたような気がしてドリスは、ふと額に指を二本、押し当てる。そのすきにばたばたと追いついてくる。
「探しましたわ！　ドリス！　このハウファ・アンダスンから逃げようなんて…百年ほど早いですわ！」
　半分気の抜けたドリスの腕をがしっとつかむ。
　…探してた…って割にはさっきまでドリスだと分かってなかったようだが…それに「ほど」ってなんだ、「ほど」って。
「このルートセイバー、ハウファの手に落ちたからにはドリス！　あなたの命運もここまでですわ！」
　周囲から口笛が鳴ったりしている。ドリスは本気で困った表情だが、ハウファの方は自分の言葉に酔ってるんだか正気なんだか分からない口調。何かの余興とでも思われているのだろうか。
　…はああ…。
「とにかく、ちょっと」
　ここは無理にでもこの場を離れないと。頭をぶん、と振って気合を入れ直す。逆にハウファの二の腕あたりをしっかりとつかみ返す。
　こういう反応は予想していなかったらしい。
「何をするのです、ドリス！　…いきなり人を力で動かそうとするなんて！　あなたには話し合いをしようとかそういう意思はないのですか？」
「やかましい。ちょっと黙っときや」
　そのまま引きずり込むようにさらに細い路地へと入る。ここのところずっとこの辺をぶらぶらしていたドリスは、この先がさびれた岸壁に続いていることを知っている。
「みなさ～ん、この人が私に乱暴を～…」
「どっちが乱暴しゆうが？　ええから、あんたは、さっさとこっちきぃや…迷惑かけゆうがはあんたやろ？」
「そんな…私が……」
　ずるずると音を立てるように角を曲がって姿を消してしまう。

「なんでえ、もう終わりかよ」
　どこか勘違いした男のぼそっとした一声で、その場に集まってきてた皆は散ってしまった。午後の港。早朝や夕刻ほど忙しくないのでいいヒマつぶしのつもりだったのかも知れない。

　ファイーナは…どこかへ飛んで行ってしまったままだ…。

　