TheRootSeller 外伝 2 「我が思い、翼となりて」　[3-6]

　あまりお近づきにはなりたくない目つき。

　ドリスがこの町に来てすぐに会った、あのスリの少年と同じ目をしている。
　あの少年はいかにもこまっしゃくれた生意気なガキだったが…こちらはこんなランプの明かりの下で見ても人目を引くに十分なほどに肌は白いし、唇も艶やかに紅い。多少体が細いせいもあるだろうが、そのまま黙っていれば少年か少女か、どっちだかすぐには分からないだろう。しかし…その瞳の奥底に宿る世の中を捨て切ったような暗い光は変わらない。
　ハウファを「姉さま」とか呼んでいたが、彼女と血の繋がりはないだろう。そもそも「この町で知り合った」と言っていたし。
　…まあ、しかし…やるもんだわ。
　したたか…と言えばしたたかだ。
　…うまいこと取り入ったってわけね。

　ジャンもドリスがそう見ているのに気付いているらしい。ハウファはまだジャンを抱きかかえるような体勢のまま、背中をそっとさすっている。…当然彼女には今のジャンの顔は見えていない。
「…ふう」
「ドリス？　どう？　この子…治る…？」
　ジャンの肩をそっと離すと…昼間とはどう見ても別人な、うるんだ瞳ですがるようにドリスを見る。
「分かった。ちょっとみてみるわね」
　なるべく表情を変えないように少年の上に屈みこむ。床に膝をつくような格好だ。

　軽く脈をとってみたり舌を出してみせたり。しかしどう見ても重病人のそれではない。彼女だって今まで何人か病人を見たことはある。早急に手を施さなければならない、瀕死の急病人に手を掴まれて助けを求められたこともある。…そういう人間からは健康な人間からは感じ取ることもできない匂い…死臭、と呼んでもいい何かが漂ってくるものである。もちろん鼻だけで感じるものではない。『ヤバイな』という後悔にも似た予感、あるいは感情の波と言ってもいい。
　しかしこの少年からはそんな感触はみじんも感じられない。かすかに陰りがあるにはあるが、年齢相応の生命の鼓動に満ちている。

「…ちょっとお使い頼んでもいいかな？」
　ため息をつきながら腰を伸ばし、顔を上げるドリス。
「私？」
　他に誰がいる。鼻先に自分の指、突きつけたまま、おどおどと辺りを見回すハウファ。
「薬草採ってこいとか言わないから…問題ないでしょ？　この辺りには詳しそうだし」
「ええ…まあ…」
　いつも腰にぶら下げている小さな皮袋から小さな紙の束を取り出す。この皮袋にはこういう細々とした雑貨も入っている。簡単な筆記用具もその一つ。てのひらほどもない紙切れにちょっと何かを書き付けて軽く破り取ると、まだどこかとまどったような顔のままのハウファに手渡す。
「…そんなに難しいもんじゃないって。なんならこの建物の他の人に頼んでもいいわけでしょ？」
「そう…そうね。大家のおばあさんがいるから…まだ起きていれば…」
　一つ、うなずいてハウファは部屋を出て行った。

「…さて」
「お姉さんは違うみたいだね。姉さまとは」
「あんなのと一緒にしないでよ」
　ふ、と吐き捨てる。ドリスは椅子に腰掛けるつもりもないようだ。その長身をまっすぐに伸ばしたまま。両肘を両手で抱え込むように、ベッドのそばに立つ。ジャンはそろそろと半身を起こしてきた。
「僕…病気？　死んじゃうのかなあ…」
　口の端がかすかにゆがんでいる。笑っているのだ。
「そうなんじゃないの？　あんたがそう言うなら」
「じゃあ姉さまのお使いは無駄ってわけ？」
「あたしは医者じゃないからね」
「…ルートセラーかな？　手際いいよね？」
「質問はこれくらいにしましょ。ハウファが戻ってくるし」
　軽く首を傾けるドリス。
「…何が欲しいの？」

　