TheRootSeller 外伝 2 「我が思い、翼となりて」　[3-7]

「そうだなあ…愛？　愛が欲しい」
　言いながら両手で毛布を持ち上げて顔を半分隠してみたり。さらにくすっと笑みを漏らす。
「聞き方が悪かったかな」
　しかしドリスは首筋に手を当てて、ぐるっと首を回す。
「…いくら欲しいの？」

　ジャンは大きくその目を見開いて見せる。涼しげな青の瞳はまるで磨きすぎた宝石のようにきらりと光る。この程度の照明では肌の色ともども色あせてくすんでしまうのは仕方がない。が、太陽の下にでも出してみたらまた、違って見えるのだろう。今は冷たさすら感じさせてしまうが、艶のある白磁に貼り付けた青い宝石…にでも見えるのかも知れない。
「……」
　毛布の端からその目だけを出して、軽く睨んで見せている。悩みに媚びを少々。不自然さはみじんも感じられない。何も知らずに見たら本当に困っている貧しい少年…に見えるだろう。しかしドリスは表情のない顔のまま。その瞳から視線もそらさない。
　ふぅ…と毛布の下から息が漏れる。ゆっくりと顔を出してくる。
「…参ったなあ。お姉さん、やっぱり交渉慣れしてるね。ちょっと直截的すぎるけどさ」
「そお？」
「でもさ、なんで姉さまみたいな人の肩持つの？　お姉さん、ルートセラーなんでしょ？　だったらルートセイバーって嫌な存在だと思うんだけど」
　こちらも、ふう、とため息をつくドリス。
「別にたいしたことじゃないわ」
「そうかな？　僕はとっても気になるけどね。普通に考えたらおかしいでしょ？　薬草刈るお姉さんが薬草守る姉さまと一緒にいるなんて。しかも姉さまのために僕とこんな話までするなんて」
「どーでもいいんじゃないの？　そんなこと」
「儲けにもならないんじゃないの？」
「それが？」
「なんでそんなに必死なのさ？　何か弱みでも握られてるの？」
　布の芯を舐めたランプが軽く息をついて、新しい区画の布へと揺らめく火の舌を伸ばす。そんな、日常ならば気にならないような沈黙が二人の間を流れる。変わらずにかすかな笑みを唇に浮かべたジャンと、祭事用のお面のように無表情なドリス。
「…時間稼ぎってわけね？」
「だからお姉さん、鋭すぎ」
　ジャンが芝居がかった仕草で、枕にぼふっと頭を沈めて見せる。
「ありがと。…金貨？　銀貨？」
「焦らない、焦らない。…ほら、姉さまが帰ってきた」

「待った？　ごめんなさい。…こんなのしかなかったのだけれど」
　ハウファが抱えていた包みをそっと差し出す。
「…うげ」
「どうかしたの？」
　…どうも昼間とのギャップがいちいち気になってしまっているようだが…。
「いや、なんでも。うん、えっとね、ちょっと作業するから、しばらく待ってね」
　テーブルや椅子は使わず、そのまま床に座り込む。設備などそれほどない野山で活動することが多いから、本当はきちんとした場所よりこういう姿勢の方が慣れている。…言い方は変だが。
　海じゃがいもの桶を引き寄せて、そこからてのひらで海水をすくい取る。ハウファはそんな彼女の手元をのぞきこむ。ジャンはそのまま枕に頭を埋めたまま、すすけた天井を見るとはなしに見ている。
「…もしかしたら…お湯とかあった方がいい？」
　人跡未踏な山の中で女装したオッサンにでも会ったような顔になるドリス。そこまで驚かんでも。やはりジャンが心配なのは違いないだろうし。
「え、ええ…まあ…」
「後は何か必要なものとかないの？」
「すり鉢とすりこ木とか…包帯みたいな布なんかあるといいんだけど…」
　いつもの背負子は安宿に置いてきてあるので、この場に十分な道具はない。
「任せて。すぐに持ってくるわ」

　