TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[1-4]

　えっと…。
　話が良く分からないんですが…。

　知識を売る、という意味はなんとなく分かる気はするんだけど…薬草にしたってただ売りさばいてるわけじゃないんだろうし。当然用法とか用量とか、そういうこともきちんと知っていないといけないはずなんだし。そういうことなら当然『知識』も豊富になるわけなんだろうけど…。
　例えば処方しようとしている薬に対して、全然知識がなかったとしたら…それはマズいんではないだろうか？　下手したら誰かの命に関わったりもしてしまう。そういう『無知』は無責任なんではないだろうか、正確なきちんとした知識がないといけないものではないのだろうか。…そういうことを言いたいのだろうか。
「…ちょっと分かりにくいかな」
　いたずらっぽく笑みを浮かべて見せる。フレデリクさんは結構茶目っけのある人で、冗談もよく言う人なんだけど…こういう真面目なことも似合わない人ではない。
「はい…」
　だから正直にうなずいてしまう。…ホント、何が言いたいのだろう…。
「まあ、そのうち分かるということにしておいてくれ。薬協の支部を立ち上げよう、という君にはぜひ知っておいて欲しかったんだ。単純にお金の行き来がどう、というだけではないのだから」

　…何か重要なことを言いたかったのは十二分に分かったんだけど、それが何か…までは分からなかった。姉さんに聞いても意味がないような気がしたし。帰ってからじっくり考えてみよう、と思っていた。
　だけどその後ゲルンタージュに戻ってきてから、ちょっとした騒動が持ち上がってしまってそれどころではなくなってしまったのだった。

　騒動、というほどでもないのかも知れないのだけれど。
　歩いて半日かかってしまうから、いつもは一泊してからハイドシュタインを出ることにしているんだ。まさか午後から出発してゲマ街道を夜歩く…というのはなんだかあんまりイイ感じではないので、大抵はこうしている。古い街道だけあって、結構そういうコワイ話があったりするもんでね…いや、別に怖いわけじゃない。怖いわけじゃないんだけど…そういうのはなんだか気になってしまったりして…。
　朝一番に出れば昼前にはゲルンタージュに戻って来られる。戻ってきても、なんかちょっとやっていればすぐに夕食の時間になってしまうから、あんまりのんびりもしていられないのだけれど。
　だからその時も夕方前くらいにはゲルンタージュのボクの家に着いていた。家は宿屋とは別棟になっていて、『カティ』というゲルンタージュではゲマ街道の次に大きい通りに面しているのが宿屋の方。家はその裏手にあって裏通りに面しているから表通りの賑やかさとは無縁…とは言ってもゲマ街道と同じで、今はカティ通りもそれほど人通りがあるわけでもないからね。ただ広い方の道に面した方が宿屋で狭い方に面しているのが家…という感じになっている。
　やっぱり少し足が痛いなあ、まだまだ慣れてないからなあ、歩くのも…と思って玄関をくぐる。
「ただいま」
「あふ…まーち、まーち！」
　ようやく歩けるようになった甥のエトヴァルトが出迎えてくれた。ふらふら…とよろめきながら歩くのを抱きとめてやると何が嬉しいのかきゃっきゃと笑って見せる。
「あら。お帰りなさい」
　奥から顔を出したのはヘルガ義姉さんだ。ハインツ兄のお嫁さんなわけだけど…ちょっととっつきにくい兄とは対照的に誰とでも仲良くなってしまう特技を持っている。元々はゲルンタージュの人ではなくて、たまたまうちの宿屋に泊まりに来たお客さんが居ついてしまった…という奇特な人でもある。なお、ハインツ兄とはお互い一目ぼれで結婚している。
「ただいま。義姉さん」
　満面の笑みで両手を振り回すエトヴァルトを受け取りながら、ちょっと神妙な面持ち。何かあったのだろうか。
「義父さんとハインツが待ってるわよ。居間にいるから早めに顔を出してね」
　…さて？　何かあったのかな…？

　果たして居間に行ってみる。宿屋の食堂はゲルンタージュっぽく色々な彫刻だの絵だのが飾ってあるんだけど、家の居間は質素なもの。父さんはあんまり飾りたてるのが好きな方じゃないんだ。ボクが小さい頃に死んでしまった母さんもそうだった、って父さんが話してくれたこともある。だからやや汚れた白い壁紙とテーブルに椅子があるだけのすっきりとした居間になっている。
　ボクの顔を見ると…何やら意味ありげにうなずきながらハインツ兄は出て行ってしまった。父さんも同じような表情で手招きをして椅子をすすめる。
「酒場の方はいいの？　夕食時でしょ？」
「今日はお客さんも少なくてな。セルゲイさんに任せてあるんだ」
　セルゲイさんは父さんが宿屋を任されるようになった頃からずっとコックをやっている。見た目はおっかなそうだけど、本当は優しい人なんだ。
「どうだ。薬協支部の方はうまく行ってるのか」
「まあ、ぼちぼちかな」
　本当はぼちぼちどころではないのだけれど。
「実は…ちょっとな。今ハインツが持ってくるのだが…お、来たな。これだ」
　ハインツ兄が持ってきたのは…古い宿帳？　それも一冊ではない。数冊どころか十冊以上もある。
「これが？」
「お前も知ってると思うが、ウチは宿屋だ」
　真面目な顔でどっかりと腰を下ろすハインツ兄。…そりゃ、知ってるけど…。
「それなりに歴史もあるからな。色んなものが置いてあったりもする」