TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[1-9]

　つまり、ジョンはボクとマリアの間の壁、になってしまったわけだけど。顔はこっちを向いてるけど目を閉じてしまっている。やっぱり彼も疲れたのかな。あんまり歩かない方だし。
「…なんなのよ、このヒト」
「ボクの大切な友達だ。なんなのはないだろ」
　気を使ってくれたのかなあ…変な女がいるからって。間にジョンを挟んでしまうとさすがにちょっかいを出しにくいらしい。マリアは何かぶつぶつ言っていたけど、やがて背負っていた荷物の整理なんか始めてしまった。
　ふう、やっと静かになった。

　それからジョンは本当に眠ってしまった。エマは何度もうなずきながら、フレデリクさんの説明をメモを取りながら聞いている。…ボクはすることがないなあ…って、あのことを聞かないといけないんだった。
「あの、フレデリクさん」
　エマへの説明が一通り終わったのを見計らって声をかけてみる。
「なんだい？」
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど…」
　薬協の本部のことだ。これが分からないとここまで来た意味がない。

「薬協の…本部ねえ…」
　腕を組んで考え込んでしまう。…あれ？
「え。ロベルトさんが本部に直接申請書か何か出して、ここが薬協支部になったんじゃないんですか？」
「いや、それはないだろうね」
　亭主さんは今ここにはいない。だけどフレデリクさんがここまで言い切るってことは本当のことなんだろう。
　だけど…じゃあ、一体どうやってここは薬協支部になったんだ…？　それに…
「フレデリクさんがここの管理人になった、ってことも本部に報告してないんですか？」
「いや、それは向こうも知ってるはずだよ」
「…？」
「あらあら。何も知らないのね」
　マリアが意味ありげに両手にあごを乗せるような形でイヤな笑みを浮かべて見せる。無視だ。
「でも報告しないでどうやって本部の人は知ってるんです？　フレデリクさんのこと」
「ふふん。薬協ならではの方法てのがあんのよ」
「本部の場所が分かっていて手紙を出す…とかそういうのじゃあ、ないんです？」
「違うに決まってるじゃない」
「でも向こうは知ってるわけですよね、ハイドシュタイン薬協支部のことは」
「とーぜん」
　…あのな。
「少し静かにしててくれ…大事な話してるんだから」
　押し殺した声で脅すように言ってみたけど…ダメだ。イヤな笑み浮かべたまま。…だから、フレデリクさん、なんでそんなに楽しそうな顔で見てるんですか…。
「いやいや。マリアが言うように手紙とは違う、薬協ならではの別の方法があるのさ。ヒントは…この室内。薬協支部なら必ずあるモノを使うんだ」
　この…薬協支部に割り当てられてる部屋の中…ここの宿屋は入ってすぐが小さなホールになっている。向かって右が宿屋のカウンター。いつもはロベルトさんか奥さんのマチルダさんがいることになっている。でも大抵は二人ともなんやかんやで忙しいから宿屋のカウンターにはベルが置いてある。それを鳴らせばどちらかが出てくる…という仕組み。ゲルンタージュのうちの宿屋も同じような仕組みになっているから、ほとんどの宿屋もこうなっているんじゃないかな。
　で、その反対側。向かって左側に扉があってそこが薬協支部になっているんだ。扉は透明なガラスがはめ込んであって、誰か入って来たらすぐに分かるようになっている。その扉を開けてすぐがこのカウンター。フレデリクさんが中にいて、資料の整理に余念がないエマ、ボク、突っ伏したまま眠っているジョン、そしてイヤな笑みを浮かべてるマリアがいる。今はこれだけしかいないけど、時期によってはまだまだ混む時もあるそうなんだ。
　カウンターは簡単な飲み物なんかも出せるようにはなっている。そして片隅には承諾書の入った箱が置いてある。後はタブレットに印を刻む道具だとか銀貨を納める金庫なんかは…そうか、カウンターの中か…てことは…。
「カウンターだけじゃないんだよ。もっと見回してみたまえ」
　あれ。カウンターじゃないのか。ううむ…窓はゲマ街道に面して…ムカスが行き来してるのが見えるけど…。
「ああん、もう…違うって。そっちじゃないのに」
　うるさいな。そっちって何だよ。窓は一面しかないから後は…様々な資料や薬草大綱までもが入ってる古びた本棚がある。そして…。
「まさか…？」
　両手を広げたほどもある木の板が壁に打ち付けてあって、たくさんのメモや走り書きが貼り付けてある。そう、薬協支部ならどこでもある掲示板だ。
「…これを使うんですか？」
「ごめいとー」
　ぱちぱちぱち、と拍手。おいおい。その音でジョンが目を覚ましてぐるっと辺りを見回して…でもまた突っ伏してしまった。