TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[1-10]

「掲示板にね、報告がある時は貼り付けておくんだ。メモみたいな簡単なものでもいいんだけどね」
　そうかあ…不特定多数の人が見るものだからこういう目的にも使われるんだ…。
「新規に支部の立ち上げを宣言する時にはこれを使うものらしいんだ」
　フレデリクさんがぴらり、とつまんで見せてくれたのは承諾書。それをさらにひらりと裏返す。
「これの裏側へ設立予定地と責任者の名前と必要な事項を書き込んで、どこかの薬協支部の掲示板に貼っておくんだ。そのうち返事が来るから、そうなったら申請準備完了だ」
「てことは…薬協本部の職員さんてのは常に支部を巡回してるもんなんですか？」
「多分そうなんだろうけどね、僕も詳しくは分からない。本部の所在地なんか知らないし、本部の職員に会ったこともないからね。でも本部への報告として貼っておくとホント、いつの間にか返事が貼ってあるんだ」
　そう言えば昔々にうちの宿屋に本部の職員さんが泊まったこともあったんだっけ。そうなると…やっぱりここにも何度か来ているんだろうか。
「全く、謎に満ちているね」
「…そうですね」
　一体どんな組織なんだ、薬協てのは…。
「全く、謎に満ちてるわねえ」
　そうかい。そりゃ良かったねえ。はいはい。

　それからジョンがしきりに袖を引っ張るもんだから一旦お暇することにした。エマも一通り仕事が済んだみたいで、あくびなんかしてたし。それに、他のルートセラーやらお客さんやらも入ってきて、忙しそうになってきてしまったしね。そうだ、ジョンのお母さんの実家でもあるマーサ商会にも一度顔を出しておかないといけないんだ。なんだかんだで忙しくなってきた。
　宿屋の目の前はもうゲマ街道になっている。時間はちょうど昼を過ぎたくらい。朝早くにゲルンタージュを出ると大抵昼前にハイドシュタインに着く、というのがいつもの流れでもあるんだ。で、ちょっと話し込むとこういう昼のかきいれ時になってしまう。だからそこは失礼して町中を軽くぶらつく。夕方前には戻ってきて宿をとる…というのがいつものことになっている。最近は宿屋の亭主さんが一番安い部屋をさらに安くしてくれたりするから大助かりだ。別に豪華な部屋なんか必要ないからね、寝られるだけで十分。どうせ朝早くにゲルンタージュに向けて旅立たないといけないんだし、ボクもお金持ちというわけではないし…でもやっぱりお金はかかるんだろうなあ、支部を立ち上げるのにも。
　宿屋が酒場を兼ねているのはうちも同じだからお客さんも似たような感じかな、と言うと実はそうでもないんだ。昼間からお酒を飲めるほど時間に余裕のある人がいる、というところは似ているし…軽く食べておいてさあ、午後も頑張ろうか、という人が多い辺りもうちとは似ている。しかし…うちだとこんなに混みあったりすることはまずないし…。行列？　いやいやそんなの見たことない、と言うか…新規のお客さんてのがね…数えるほども来ないからなあ…いっつも同じ顔ぶれしか来ないし…。
「さ。マーサ商会行くんでしょ？　アタシが案内したげる」
　と、いきなりボクの腕をつかむマリア。ついさっきまでフレデリクさんと何やら話し込んでいたみたいだったけど…何言ってんだ？
「え？」
「え、じゃないの。あんたにはアタシが必要みたいだからしばらく付き合ってあげてもいいわよ、ってこと」
　無意味に胸を反らして見せたりする。…だから、何言ってんだ？
「知らないの？」
　知るかい。
「あのね。薬協支部を立ち上げる時にはね、ルートセラー三人の承認が必要になるの。一人は…あんたのお姉さんがルートセラーなんでしょ？　で、残り二人。そのうち一人はアタシがなってあげてもいいわよ、てこと」

　…何ですと？　ルートセラー三人の承認？

「ちょ、ちょっと待ってくれ」
　あわてて宿屋に飛び込んでフレデリクさんに聞こうとしたんだけど…短いながらも行列までできてるからさすがにそうもいかない。ボクはそのままの格好でしばらく凍り付いてしまった。…亭主さんもフレデリクさんも今が忙しさの頂点だろうから、こういうこと聞くのはさすがに迷惑だよなあ…。
　ぽんぽん、とイヤな笑みで肩を叩いてくるマリア。
「うふふ。だからルートセラーであるアタシが承認したげるっての。感謝しなさいよ」
「いや、感謝しろ、と言われてもなあ」
「薬協支部が増えるってのはアタシたちにとってもいいことなんだから、それだけのこと。いい？　そ・れ・だ・け・なんだからね？」
　そりゃそうなんだろうけど。何、ムキになってんだこいつ…？
「別にあんたのためってわけじゃないの。そこんとこはっきりしといて欲しいんだけど。とにかくアタシが承認したげるの。一人じゃどうしようもないことだってあるんだからね？」
「そりゃ、分かってるよ」
　ボク一人じゃ薬協支部を立ち上げるなんて無理だ。そこら辺は分かってるつもりなんだけど…なんでこいつはこんなに一生懸命なのかなあ、と思ってたら今度はジョンがボクの腕を掴んできた。
「行こう。伯父さん伯母さん待ってる」
　と、ぐい、と引っ張る。…片腕にマリア、もう片腕にジョン、って…なんで同じ方へと引っ張る、お前ら。行く先はマーサ商会で同じなはずなんだけど…？　でも、ジョンが引っ張るのを見てマリアが大きくため息をついた、ように見えた。ついでに手も離してしまう。おいおい、ボクも自分のバランス取るので精一杯なんだけど…。
「…ふうん…そうなんだ、アタシはいらないんだ。この大切なお友達がいたら」
　マリアがうつむいて…たたらを踏むボクをジョンがなんとか支えてくれる。

　…エマがやれやれ、とでも言いたげに両手を肩辺りまであげて何度か首を横に振る…なんなんだよ、一体…。