TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[1-11]

「なんなんだよ…一体」
　思わず言葉になってしまった。
「何よ…いいんでしょ？　別にアタシがいなくたって。ゲルンタージュにルートセラーなんかそんなにいないんでしょ？　それなのにせっかくアタシが承認してあげようってのにさ…」
「そりゃそうだけど…」
　するとなぜかジョンが、ずい、と前に出る。
「…確認」
　何が。ああ、そういうことか…。
「一度フレデリクさんに確認しておきたいんだ。うん」
　たしかにそれは必要なことだ。一応だけど確認しておきたいし…あれ？　なんでジョンがここまで出てくる…？
「あ。そー。そーなの。ふーん…アタシの話なんか信用できないんだ」
「そういうわけじゃないよ。なんなら、確認してからしばらくハイドシュタインで待ってみてもいいんだ。誰か承認してくれそうなルートセラーを探してもいいわけだし」
「……」
「ただ、いきなり君に決めることはないんじゃないかな、と。もう少しじっくり…」
　マリアはぎろっとボクの顔を睨むと…すうっと目を細くして、くるりと踵を返して黙って走って行ってしまった。まさか…泣いてたってことは…ないよな。あいつに限ってそんなことはないよな、うん。

「そりゃ悪いことしたなあ…僕がもっと早くに君に伝えておけば良かったんだ…」
　なぜかいつもこの宿屋の前ではマリアとは言い合いになってしまう。言い合い…いや、さっきのはちょっと違うかな…なんだったのか、よく分からない。そりゃ、あいつも善意で言ってくれてたんだろうけど。それになあ…なんであいつはここまでボクに関わってくるんだろう？　いまいち釈然としない。
　昼時の混雑はもう終わってしまって、薬協支部のカウンターにはボクとジョンとエマのみ。
　それでもあれからなんとなく気になってしまって、ボクはちょっとそこらを探してみたんだけどマリアの姿はなかった。なぜかジョンは妙に晴々とした表情で宿屋の前から動こうとしなかったし、エマはエマで宿屋のホールに引返すと、隅にちょこん、と両膝そろえて座ってしまっていつも持ってる黒いカバンの整理なんか始めてしまった。
　…二人ともそれほどマリアのことが好きじゃないのかも知れない。ふと、そんなことを思ってしまった。そりゃあ、せっかちだし何にでもつっかかって来るし。いつも自己中心的、というかそんなところもあるんだけど…。

「あれはああいう娘だからな。何、今度会った時にでも謝っておけばいいのさ。気にすることはない」
　鬼のような忙しさから解放されて一服してる亭主さんも笑っていたけど。…謝る、かあ…うーん…。気にはなるんだけど…ボクが悪い、とも言えないような気がするんだけどなあ…。
「でも本当なんですか？　新しく支部を立ち上げるのにルートセラー三人の承認が必要、というのは…？」
　フレデリクさんに聞いてみると、大きくうなずいて見せる。
「うん。『原則的にそれなりの一定以上の経歴を持った現役のルートセラー三人の承認が新規に立ち上げる支部には必要』らしいんだ」
「原則的に、ですか…」
「その辺はいつものようにタテマエ上は、という程度のことだとは思うけどね。とにかく活動してるルートセラーが三人必要なのは間違いないね」
「そうですね…」
「君の場合、メリッサがいるから一人目は問題ないだろう。後は…」
　残り二人、か。…たしかに…マリアがいた方が良かったのかな、今から探すとなると…うーむ…。

　それから予定通りマーサ商会へ行くことになった。マリアのことはやっぱり気になるけど、姉さんの伝言のこともあるし、何よりジョンのお母さんの実家だし。こういう機会がないとなかなか訪れることもないだろうしね。

　マーサ商会は姉さんの伝言の通り、宿屋から裏手の方へ進んで行くとあった。ゲマ街道からは離れてしまうわけだけど、ハイドシュタインには他にこういう問屋がないんだそうで、結構繁盛しているらしい。実際ボクらが着いた時にも眼鏡に白衣という医者らしい人や、ルートセラーらしい荷物を担いだ人も何人かいた。ただ、店がそれほど大きくはないし、場所が少し奥まったところになるからさっきの宿屋みたいに混雑してる…というわけでもない。
　ぽつん、と木が一本立っている小さな袋小路。いや、袋小路というよりも小さな広場、と言った方がいいかな。レンガが敷き詰められたそこにやはり同じように茶色のレンガを組んでいくつかの家がより添うように集まっている。その中の一軒がマーサ商会。ジョンの話だと一階が店舗で二階が伯父さん伯母さんが住んでる部屋になってるんだとか。ゲルンタージュとは違ってすっきりとした印象を受ける建物なんだけど…ボクらからすると、なんだかもの足りないような気分になってしまう。
　扉はなくて店の中には自由に入っていける。こういう造りも珍しいなあ…とか思っていると店の奥から小柄な男の人が声をかけてきた。
「おう。珍しいなあ、ジョン。今日はどうした？」
　ジョンの伯父さんにあたるジラルド・マーサさん。ジョンのお母さんのマリーさんの実のお兄さん、てことになる。その声につられるように顔を出したのが奥さんのライラさんだ。
「あらまあ、ホント珍しいわねえ…」
　しゃきしゃきしてるジラルドさんと、どこかおっとりしているライラさん。性格は大分違うけど仲はいいんだそうだ。