TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[1-12]

「…ほう…ゲルンタージュに薬協支部をね…」
　自己紹介して、事情を説明すると、ジラルドさんは何度もうなずいていた。その間でも手が止まらない。細かい陳列の変更やお客さんとの対応も滞りなく進んでいく。さすがだ。
「そういうのができるとあっちでも便利になるんだろうねえ…お前さん」
「ああ。こりゃ兄ちゃんには頑張ってもらわねえとな。ジョン、おめえもしっかり手伝ってやんなよ」
　武骨な手でがしがしとジョンの頭を撫でてる。背の高さから言えばジョンの方がはるかに高いわけなんだけど、それでもやはり年の功と言うか何と言うか…無口ながらもやはり嬉しそうなジョンの顔が印象的だった。聞いてみたら赤ん坊の頃からジラルドさん夫婦には世話になっているんだそうだ。ジョンの家でもあるギルマン商会が不調な時期があって、その時にまだ小さかったジョンは一時的にここに預けられていたこともあったそうだ。
　ジョンとボクとは幼年学校からの付き合いなんだけど…預けられていたのはその前。だからジョンもあまりよくは覚えていないらしい。

　エマがライラさんにメモを見せたりしている。そうか、姉さんの用事もあったんだ。多分あれがフレデリクさんから色々教わっていた時に熱心に書きとめていたメモなんだろう。…たしか…マニスの樹液の加工法だったっけ。
　ゲルンタージュでは街路樹として普通に見られるマニスの木なんだけど、ハイドシュタインとかこの辺の他の町にはないんだ。なんでも元々はノルザムランドの木で、あっちでは珍しくもなんともないって前に姉さんが言ってた。丈夫な木で、ここら辺でも十分に生育できるんだそうだけど、運んでくるのに手間がかかってしまうからゲルンタージュくらいしか植えなかったんだって。…今とは大分様子の違う昔の話ではあるんだけどね。
「へえ…こんなのを使うのかい。へええ…」
　ジラルドさんも熱心に見入っている。手を休めてしゃがみこんでしまっているから、相当に興味深いんだろうなあ…。ライラさんはエマのために必要な品を用意したりしている。だからエマはメモをジラルドさんに預けてしまって、ライラさんの後をちょこちょことついて回っている。ジョンは成り行き上…というか流れ上と言うか。店の手伝いで外でホウキをかけているから店の中にはいない。
　ボクはジラルドさんの肩越しにメモをのぞきんで見た。けれど…よく分からない言葉が並んでるなあ…。ええと…なんだこりゃ。うーん…分からん…。
「おやおや。煮詰め方が独特だねえ…いいなあ…この方法…」
　やけにのんびりした、言っちゃ悪いけど一本間の抜けた声が聞こえたのはすぐ横からだった。

　背はボクと同じくらいか…少し低いかな。年の頃はボクと同じくらいか…いや…年上かな。でも本当はどれくらいなんだろうって思ってしまう。ジラルドさんの反対側の肩からのぞきこんでいたのだけれど…ボクの視線に気づいて、にへら、と笑って見せる。
「やあ…」
　マリアと同じように大きな荷物を背負っているからルートセラーなんだろうか。背負っている荷物はやや汚れた白い布で巻いてあって、『薬草アリマス』と黒くて太い字で染め抜かれてある。
「あ…どうも」
「おいおい。人の肩の上で何やってんだい」
　ジラルドさんが立ち上がりながら苦笑する。…たしかに。

　立ち上がったジラルドさんはエマのメモをカウンターの上に置くと、またてきぱきと手を動かし始めた。カウンターの前には細かい商品が揃ってる。例えば植物の種だとか球根だとか。ボクには何に使うのか分からないけど、丸い小石なんかも置いてある。それらのズレた位置を直したり、並び替えをしてみたり。
「アレン。今日はどうするんだ？」
　視線は商品から外していない。やっぱり…さすがだ。
「んー…今日はいいや。目ぼしいのもなかったし」
　結構失礼なこと言ってるような気もするんだけど…ジラルドさんが怒っていない、ということは仲がいいのかな。それよりもむしろ話し方に悪意がない、と言うか…なんだかまったりしてくるな、こりゃ。
「ところで、彼は…？　あまり見ない顔だねえ」
「ゲルンタージュに薬協支部を作ろうとしてるんだそうだ。名前は…マルティンだったな？」
「はい。マルティン・シュトーレンです」
「おやおや。これはご丁寧に。僕のことはアレンと呼んでください」
　と、握手を求めてくる。ボクは握り返す。意外に大きくて柔らかい手。
「アレン…何なんです？」
「ただのアレンだよ。だからアレンと呼んでくれると嬉しいなあ」
　独特の間合い、持った人だなあ。
「こいつはハイドシュタインを中心に活動してるルートセラーでな。まあ、仲良くしてやってくれ」
「そうなんですか…こちらこそよろしく」
「うん。まあ、そんなもんなんだけどね」
　と、やはりどこか抜けた様子で軽く笑う。
「ところでさ、マルティン君は薬協支部を作ろうとしてるんだよね？」
「はい」
「できると思う…？　君に…？」
「それは…できるとは思ってますけど…」
　それを聞くと、アレン…さんは少し首を傾げた。
「うーん…ちょっと無理かなあ、君には」