TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[1-15]

「おーい」
　わざと間の伸びた声を出してやる。思いっきり飛び上がってる…マリア。
　やっぱり。
「何やってんの？」
　…びっくりしてたのは向こうも同じようだ。ボクはもう誰だか分かってるわけだけど、あいつはボクが起きてるとは思ってなかったみたい。ひゅげ、とか喉の奥から変な声出して辺りを見回している。
「いや…ボクだよボク」
　仕方なく床から起き上がって見せたのだった。扉に足を向けて寝ていたから、マリアはボクの足の向こうにいる形になる。

「起きてた…の？」
　しゃがんでボクの顔辺りにそっと右手を伸ばしてくる。まるで道端にある奇妙な石像にでも触れよう、としているみたいだ。月明かりがようやく差し込んでくる程度の明るさしかないから、どんな顔をしているのかはちょっと分からない。まだ怒っているのか、それともまた別の顔なのか…。
　ただ、このままマリアが右手を突き出してくるとボクの顔に当たりそうなんで、ちょっと下がろうかな、と。手をやや後ろについてみる。
「あれ…」
　さっき枕元に置いていったやつだ。…封筒？
「あ、それは…」
　薄闇に目が慣れてきたのか、思い切り背伸びでもするように体を伸ばして、さっとそれを奪い取るマリア。
「見ないで…やっぱり」

　ボクの方も目が慣れてきたらしい。いつも泊まってる部屋だからベッドしかない内装はよく知ってる通り。違うのはエマがそのベッドに寝ていて安らかな寝息を立てていて、ボクが床に毛布敷いて寝てるってことくらい。だからいつもなら真横に見えている小さな窓を、今回はやや見上げるような形になってしまっている。月明かりはいつもより上から優しく照らしてくれている。
　マリアはぎゅっと封筒？を握り締めたまま。荷物があるようには見えないから…アレンさんのようにどこかに預けて来たのだろうか。それとも…他に泊まるアテでもあるのかな…。
「…座ったら？」
　なるべく抑えた声で言ってみたのだけれど。小さくうなずいてそろそろと床に腰を下ろすマリアを見て…なぜか心臓が一回だけ跳ね上がった、ような気がする。なんで？

　マリアはちょうどボクの真向かいにいる。やや重い沈黙。
「あのさ…」
　やっぱり謝っておこう。全部悪いとは思えないけど、ボクが言い過ぎたところだってあるんだし。
「ごめん。なんか変なこと言っちゃったよね」
「え…」
「いや、だから…君になんかイヤな思いさせちゃったかな、って」
　すると、ぶんぶんと首を横に振る。
「違うの」
　…違うって…何が？
「アタシね、またやっちゃったって思ってたの。あんたにあんなことまで言っちゃったって…自己嫌悪だったの」

「ゴメンて言わないといけないのはアタシの方。ダメなのよ。アタシ。いつもああでさ…折角仲良くなった相手にいつも余計なことばっか言っちゃう。それで引かれたりケンカしたり。だから今度のことも手紙だけ置いてハイドシュタインを出て行こうと思ったの」
　月明かりしかない部屋の中。目が慣れてきたとは言ってもやっぱり薄暗い。ボクからはマリアがそこにいるのは分かっていても、どんな顔をしているかは分からない。逆に…マリアからもボクの顔は分からないんだろう。
「出て行くって…他の町へ行く、ってこと？」
「うん」
「それは…ちょっと困るんだけど」
「どうして？」
「一人、ルートセラーのアレンさんて言う人が見つかってね。後一人なんだ、承認してくれそうなルートセラーが。だから…困る。明日ゲルンタージュに戻るんだけど、一緒に来てくれ」

　おいおい、ボク。なんでこんなに必死なんだよ。別に他を当たってみたって…いやいや。考えてみたらアレンさんと約束してるんだ。心当たり、当たってみますって。じゃあ、この方がいいか、うん。そうだな、今から誰か探すってのもなんだし…マリアが承認してくれるってんなら…うん。
「アタシでいいの…？」
「うん。君でいい」
「ほんとに？」
「ほんと」
「良かった…」
　ほうっと大きなため息をつくマリア。…だからなんでまた心臓が…。