TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[1-16]

　それからしばらくはやはり、黙ったままだった。エマの規則正しい寝息が聞こえてくるだけで。月明かりがそっと差し込む、静かな部屋の中。…なんだかいつもとは違う雰囲気。…マリアは膝を抱えたまま黙っているし、ボクも何を話していいものやら。いや、明日も早いんだからそろそろ寝た方がいいのかな…。
「あのさ…カラドリアって、知ってる？」
　沈黙に耐えられなくなったのか、それとも何かあるのか。マリアがそんなことを言い出した。
「カラドリア…」
　なんか、どっかで聞いたような。ええと…。
「ゲマ街道をずっと行った先でね。ここからゲルンタージュより遠いの」
　あ、そっか。フレデリクさんが言ってたよな、たしか。
「君の故郷だっけ」
「そう」

　カラドリア‐ハイドシュタイン‐ゲルンタージュ

　という位置関係になっているのはゲルンタージュの人でも誰でも知っている。中等学校で習うからね。三つの都市を結んでいるのがゲマ街道なんだけど…昔と違ってさびれているのは東西大街道ができてしまったから。旅人や物資は新しくて大きな東西大街道へと流れて行ってしまったんだ。
　はるか昔、カラドリアとゲルンタージュはお隣さんだったらしい。お隣さん、と言ってもハイドシュタインほど近所ではなくゲルンタージュから直接向かおうとしたら三日ほど…場合によっては四日近くかかってしまうらしい。それでも最近は

　カラドリア→ハイドシュタイン←ゲルンタージュ

　って感じなのかな。ハイドシュタインからカラドリアへ行くなら三日かからないんだろう。
　新しくできた町・ハイドシュタインには東西大街道へのバイパスになってる街道があるからどうしても人が集まってしまう。口の悪い人の言い方を借りると『ゲルンタージュとカラドリアから活気を吸い込んでいるのはハイドシュタインだ』ということになるんだそうだ。…そこまで言う気はないけど…でも、ボクの同級生がジョンとボク以外みんなここに働きに来てるんだもんな、やっぱりかなわないんじゃないか…とは思う。
　そのハイドシュタインの「向こう」にあるのがカラドリアになるんだ。規模はそれほど小さくはない、むしろ結構大きな町だと授業で習ったっけか。

「……」
　それっきり黙ってしまうマリア。…何なんだろ。
　意を決したように顔を上げて、ふと月を見上げて口を開く。
「でね。…あんた学校はずっとゲルンタージュなんでしょ？」
「ああ、そうだけど？」
　変なことを聞いてくるなあ。他の町の学校なんか行くはずないじゃないか。
「アタシはハイドシュタインなの。高等学校は」
「…え？」
　自分が生まれた故郷の学校に通うのが当たり前なんだと思ってた。
　幼年学校や中等学校はどこの町にでもありそうなんだけど、ボクらがこないだ卒業した高等学校くらいになると大きな町にしかない場合もある。だから、自分の町に高等学校がない場合はよその町へ行ってたって人もいるにはいる。それに、どうしてもお金がかかってしまうから幼年学校にも行かない、という人もいるそうなんだけど…そういう場合は近所の人が大抵援助してくれるらしいから、ほとんどの人が最低でも中等学校までは行っている。
　高等学校卒業後にさらに専門的なことを学びたいのなら、シポルニアス王国とかそういう大きな町があるところへ行かないといけない。お医者のヨナタン先生なんかそうやって勉強してきたんだそうだ。
　でも…
「…カラドリアの君がなんでハイドシュタインの学校に？」
　それなりに大きいんならカラドリアにだって高等学校くらいあるんじゃ…。
　そんなボクの疑問に気づいたのか、ふっと小さく笑みを浮かべたように見えた。なんだか、さびしそうな。
「カラドリアはね、人がいないの」
「いないって…」
　それでも結構栄えてるはずなんだけどな。ハイドシュタインほどでなくても。
「人の数そのものは多いんだけどね。でも人はいないの。学校だってね、一応幼年学校から高等学校まで揃ってるの。生徒の数は、そりゃたくさんいるの。でも幼年学校なんか先生も教える気がないような人ばかりだったり、生徒もお遊びで通っていたりするし。お金はあっても行かない、とかそんな人だって多いの。中等学校なんか行っても行かなくても同じようなもんだ…って」

「それでアタシの両親はね、アタシを連れてハイドシュタインに来たの。そういう他の町の学校に行かせる、って人も逆に多くてね。ハイドシュタインからバイパス通って東西大街道へ向かうの。父さんと母さんもそうするつもりだったみたいなんだけど…アタシを高等学校に通うよう手続きしたとこで…」
　ぐいっと顔をこすっている…。
「うん。だからアタシ、なんとか卒業して…戻ったの。うん。色々あったけど…あれ、なんだか変よね。なんであんたにこんな話、して…るんだか、ねえ、えへへ…」
「いいよ。もう。…明日も早いからさ。君がここで寝てくれ。ボクはホールかどっかで寝るから」
「でも…」
　なんだか無性に腹立たしくなっていた。なんでか…分からない。ボク自身が何に怒っていたのかも分からない。
「いいんだ。いいんだよ…君が気にすることじゃないんだから。君のせいでも誰のせいでもないんだから」
　…ボクが、どうにかしてやるよ。
　呆然、と座っているマリアに毛布を押し付けてさっさと部屋から出てしまった。