TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[1-19]

「いや、別に姉さんがそこまで気にすることはないと思うんだけど。ほら、ボクもなんともないし、さ」
「そう言ってもらえると嬉しいんだけどね」
　ふう、とため息ついたりしている。なんだかあんまり見たくない姿だ…。
　そんなにひどいことになってたんだろうか？　と疑問に思ってしまう。ほら、今のボクはなんともないし…いや、なんだかちょっと喉の奥が引っかかるみたいにイガイガっぽくなってるくらいで。それ以外は別にどう、てことはないんだけど…やっぱりそういうとこ、気になるのかな、ルートセラーとしては。実際に処方したのは姉さんなわけだし。

　店の一階で横になってる…てのは実は結構新鮮な気分だったりする。何と言うか…その、学校をズル休みした、みたいな。
　もちろん姉さんの店にも常連と呼ばれるお客さんたちがいる。お医者のヨナタン先生もそうらしいんだけど、その他にも何人も。…何回もそういう人たちが来てはボクのことを聞いていくものだから…最初はボクも「なんでもないんですよ」なんて笑ってたんだけど…あんまり何回も何回も聞かれるものだから、一階にある食堂兼台所に押し込まれることになってしまった。そんなに狭い場所ではないのだけれど。ただ…ここにこの簡易寝台を置いてしまうと姉さんが料理もできなくなってしまう。姉さんはいつもなら自分で料理作って、自分で食べてしまう…つまりは自炊が主だからここにボクがいると姉さんも、今はここにいないけれどエマも困ってしまうだろう。
　…起きよう。
　だって体はもうなんともないんだし。ヨナタン先生にもらった薬を飲んでれば問題ないみたいだし。実際、さっきより気分はずっといい。立ってみても問題ない。…もうアタマが回ったり吐き気がしたりするわけでもないし…。

　と、思って台所のドアを開けようとしたら、向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた…。
「マルティンは大丈夫かい？」

　ヨハン兄…？
　思わずドアノブから手を離してしまう。…本当は良くないんだろうけど、ドア越しに耳を傾けてしまう。
「ええ。ホントごめんなさい…大丈夫よ」
「親父と兄貴から聞いてね。なんだ、またやったのかい？　命に別状ないってのはあの時と同じだな」
　おいおい。そこでそんなに明るく笑うかな…ヨハン兄はこういうとこアバウトって言うか、適当って言うか。
「…同じじゃないわよ。あの時は何も知らなかったんだから。知ってる今とは事情が違うわ」
「そういうもんかね」
「そういうもんなの。…いいの？　タミィは？」
「我が奥さんは今、仕入れから陳列の真っ最中さ。ヘルガ姉貴から話を聞いてすぐに行ってこいって。あいつは僕よりもマルティンが可愛いのさ」
　…相変わらずだなあ…ヨハン兄。タミィ…タマラ義姉さんはヨハン兄と同級生だったんだ。実はメリッサ姉さんも同い年で三人とも知り合いどころか友達だった、って知った時はびっくりしたもんだった。絶対メリッサ姉さんの方が年上だったと思ってたんだけど…。ついでにヨハン兄が結婚するって時も驚いた。ヨハン兄はハインツ兄に比べるとくだけてて明るい方なんだけど、誰か女の人と付き合ってるとかそういうところなんか見たこともなかったんだ。いや、その、タミィ義姉はそれまで何度もうちに遊びに来たこともあったんだけど…正直、結婚とかそういうのとは無縁っぽかったし…。
　タミィ義姉は雑貨屋の娘さんで、ヨハン兄は向こうに婿入りしたような形になるのかな。今は雑貨屋をのれん分けしてもらったような形で店を構えている。
「メリッサー…いる？　って、なんだ、ヨハンまだいたの？」
　ってところで勢いよく店の扉が開く音がして…そのタミィ義姉まで来てしまった…はあ。

「あら。どうしたの？」
「あんたがあたしの可愛い弟を殺すところだったってからさ。文句の一つも言おうかと」
「…ごめんなさい」
「えらく神妙ね…そんなにヤバかったの…？　ね、頭上げてよ？　そんなつもりじゃないし…マルティンももうなんともないんでしょ？」
「そうだろ？　ヨナタン先生にも聞いたけど、すぐに起きれるようになるって」
「そうじゃないの。私はミスしたの。だからできることはなんでもしないといけないの。…マルティンを預かっておいてこれだもの」
「預かる？　ははははは、なーに言ってんの、あの子が勝手にここに入り浸ってたんでしょ？　それに薬協支部のことにしてもそうだし。別にあんたに頼んでやってもらってるってわけじゃ…」
「違うのよ、タミィ。こういうことはね、きちっとしとかないといけないの」
「メリッサ…？」
「絶対ミスしてはいけないの。こういうことはね、ルートセラーとしてやってはいけないことなの」

「そりゃあ…責任てのも分かるけどさ。あたし達がもういいって言ってるんだし…ねえ？」
「そうさ。親父も、兄貴も姉貴もお前に気にしないよう伝えてくれとさ。結構細かいところ気にするもんなあ、お前」
「そうでないとできない商売だけどね」
　ふふ、と小さく笑うメリッサ姉さん。
「お。ちょっとは元気が戻ったみたいね。じゃ、あたしがお茶でも淹れたげる。ああ、いいから座ってて。ヨハーン、あんたは手伝いなさいよおー」
「へえへえ。…これじゃ店にいる時と変わらんな」
　…って、今いきなりドア開けられたら…。