TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[1-21]

　姉さんも、店にいるお客さんも、なんだなんだと注目してしまう。まるで子供みたいに、いや、まだまだ子供なわけだけど、エマの引きつったような抑えることのできない泣き声はしばらく続いた。それも、ボクの袖を固く握り締めたまま。
「よ。女泣かせ」
　タミィ義姉も余計なこと言わないでよ。マリアまで変な目で見るな～…。

　しばらくしたらようやく落ち着いてくれて、いつものエマに戻ったんだけど。それでもその目は少し、赤かった。でも、なんでここまで泣くんだかなあ…。ボクはたいしたことないってのに。

　タミィ義姉がクッキーの追加を取りに店まで戻って。でもやっぱりヨハン兄に店が忙しいから戻って来いと言われたらしくて。クッキーだけ持って来てみんなに挨拶だけしてさっさと戻って…さっき二つだった店の隅の椅子は三つになった。ボク、アレンさん、マリアだね。泣き止んだエマはメリッサ姉さんの手伝いに戻って行ったし…ジョンもまだまだ店の方がある、と戻ってしまったからだ。
「…さて。こっちの方は片付いたわ」
　だから姉さんがそう言ってにっこりと笑みを浮かべた時はもう、夕方も近くなってきていた。たしかにこの店もこれくらいの時間になるとお客さんは少なくなってくる。
「いえ、お構いなく」
　アレンさんが手にしていた茶碗をのんびりと上げて見せる。マリアも同じようにして見せる。
「やっぱり定住だと大変なんですね」
「そうかしら？　ま、行商でも大変は大変でしょ？　似たようなものよ」
　と、カウンターから自分の椅子を持って来て、輪に加わってきた。姉さんの店が面している『メモリオ』通りにも、静かに夕方色に染まった空気が満ちてきている。

　ちなみに…さっきマリアと姉さんが言っていた『定住』と『行商』、これはルートセラーの呼び分け方の一つなんだ。姉さんみたいにどこかに腰を落ち着けて仕事するのが『定住ルートセラー』で、アレンさんやマリアみたいにあちこち旅をしながら商品を売り歩くのは『行商ルートセラー』と呼ばれている。これとは別にルートセラーの資格だけ持ってる人もいて、これは『幽霊ルートセラー』とか呼ばれてるんだって。会ったことはないからどんな人たちかは分からないけど。
　もちろんこれはこう呼ばなくてはいけない、というものでもないんだ。
　姉さんやアレンさんが教えてくれた話によると『定住』の人は『店持ち』とか『店員』とか呼ばれることもあるし、『行商』は『売り歩き』とか『渡り』とか呼ばれることもあるんだそうだ。あんまり人の多くない田舎の方になると『定住』の意味が分からない…店を構えるルートセラーがいない…だからルートセラーと言えば即『行商』になってしまう。そもそも『ルートセラー』という呼び名だって、昔々は『薬草売り』でくくられてしまってたって話だし。そうなってくると呼び名なんか別にどうでもいいのかなー…とか思ってしまう。

　やがて後片付けを終えたエマがとてとて、と自分の小さな椅子を持って来て姉さんの隣にちょこんと腰掛ける。ボク、アレンさん、姉さん、エマ、マリアの順に座ってることになる。真ん中にある小さなテーブルにはお茶のポットもあるけれど、ほとんどなくなってしまったタミィ義姉のクッキーが乗った皿もある。エマはそこから一枚だけ手に取ると、小さな口をすぼめるようにして両手で持って食べ始めた。脚の長い椅子だからどうしても自分の足が浮いてしまうのだけれど、その足を前後に勢い良く揺らしている。機嫌がいいのかな。
「…ところでマルティン。承認の方はいいの？」
　あ。そうだった。…こんなまったりしてきてる場合じゃなかったんだ。思わず姉さんの方をを見てしまう。
「承認？」
「そう。メリッサ姉さん…頼みがあるんだけど…」
「ああ、現役のルートセラーの承認が必要ってやつよね？　私と…みんな？」
　ぐるっと見回す姉さん。うなずくアレンさんとマリア。
「三人の承認が必要なんだ。アレンさんとマリアが承認してくれるって約束してくれたんだけど…後一人必要なんだ」
「なるほど」
　姉さんは軽く足を組み直すと、手にしていた茶碗を静かにテーブルに置く。
「…うふふ。タミィの言う通りね。やることはきっちりやってるじゃない」
「？」
「フレデリクに少し聞いたことがあるから、薬協支部立ち上げに三人のルートセラーの承認が必要、と言うのは知ってたの。でももし、まず私から承認…ということだったら断ろうと思ってたのよ。二人集めてからまた来なさい、ってね。甘えさせたくなかったから」

「だから先に二人が約束してくれてて良かったわ。すんなり承認できるんですもの」
　…結果的に良かった、てなとこなんだろうか…マリアに聞くまでは知らなかったもんなー…承認のこと。先にフレデリクさんに聞いてたら真っ先に姉さんに承認求めてたと思うから、そうなったら実は結構大変だった、のかも…。