TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[1-24]

　でも、ボクがゲルンタージュでできること、というと…一体何があるんだろう。あれから三日経ったんだけど、二人はまだ帰って来ない。
　片道は半日、往復でかかる時間は一日、と簡単に考えればもう帰ってきそうなんだけど。さすがに貼ってから二日程度で返事は来ないものなのかも知れない。マリアのことだから真っ先に薬協支部行ってフレデリクさんにお願いして、すぐに貼り付けてしまっていそうなんだけど…なかなか返事が来ないのかな。それともまだ本部の職員さんが見つけていないとか。毎日巡回してるわけでもないんだろうし…気長に待つしかないのかなあ…。
　何もしない、というのもなんだか気持ち悪いと言うか居心地悪いと言うか。ああそうだ、おかげさまで体の方はもう問題ないんだ。ヨナタン先生も「大丈夫だ」と言ってくれたしね。だからもう起きて歩き回ってもいいし、行こうと思ったらハイドシュタインにだってもう行ける。
　だからと言ってこれから二人を追いかけるってのも…行き違いになったりしたらバカらしいし。かと言ってこのままだらだらとゲルンタージュにいてもなあ…。

　待つってのは大変なことなんだ…と変な実感を覚えてたりして。やっぱり無理してでもハイドシュタインへ行ってた方が…いやいや。それじゃ姉さんに悪い。また心配かけちゃうことになる。

　結局例の膨大な資料をなんとなく見詰める毎日になってきてる。ムカスのキャロルで少しずつ姉さんの店に運んで、そこでにらめっこ。店内に資料がたまってきたらまたキャロルで宿の倉庫へ戻しに行く。ここんとこ姉さんとエマが忙しいらしく、ボクは資料の虫兼店番のような形でカウンターの椅子に座ってる。…もちろん文字通りの店番で、大したことはできないけど。キロの実が欲しいとかそういうことならボクにだってできるけど、それ以上の難しい依頼になると姉さんが戻るのを待たないといけない。普段は二人が出かけてしまうとメモ帳だけ置いて用件書いてもらう…という仕組みだから誰かいても問題はない。むしろ誰かいた方がいい、って姉さんも言ってくれたんでこうやってここで座ってることにしたんだ。こっちの方が広いしね。それに自分の部屋で、というのはなんか落ち着かないもんで…ああだこうだ言われるってわけでもないんだけど、こうやってよそで何かやってる方が気分的にも楽、だし。
　まあ…そんなにお客さんが来るわけでもないし、来てもほとんどが知り合いだから気心は知れてるんだけど、ね。
「いよーう、マルティン、店番だねえ、はっはっはあ」
　踊るような足運びで店に来たのは誰あろうロバート・ギルマンさん。ジョンのお父さんだ。ボクは途中まで文字を追ってた古い宿帳にしおりを挟んで木のカウンターに置いた。他にお客さんはいない。
「こんにちは、ロバートさん」
「おおう、こんにちは。もうもうもうもう、いい天気だ…こんな日にこんな店で店番てのも疲れるもんだろう、どーだい？　んん？　それともこうやって座ってる方が性に合うのかなあ？　いやいやいや、それはなんだかあれだね、まるで…」
　…実際はこの後途切れることなく言葉が並んで行くんだけど…カットさせてもらいます。…なんでこんなにしゃべって明るい人の息子があれだけ無口なんだろう？　ゲルンタージュの七不思議の一つと言われているとかいないとか。
「…こないだもねえ、アシュフォド通りの垣根のね、あそこがね…」
　奥さんもしゃべるけど、この人は…ううん、商売成り立っているんだろうか？　これで？
「そうそうそうだ。ジョンはどうかね？　役立っている」
　ここで無意味にくるりと一回転。
「かーい？　んん？　どうかねえ？」
　…これに意味あるのかどうだか。しかもやけに上手いからなあ、こういう動きも。慣れてるんじゃなくて過去にこういう踊りの訓練でも受けたことがあるんじゃないか…とか。
「役立ってますよ。こないだマーサ商会からたくさんお土産持って帰ってきてもらいましたし」
「…おお。あれは…グレイトなみやーげばかりだったねえ。メリッサも喜んでいたんじゃないのかね？　それともあれかな、まだまだまだまだ足りないものだったのかなあ？」
「そうでもなかったみたいですよ。姉さん、使えるいいものばかりって喜んでましたよ」
　ボクは寝込んでいて後で知ったんだけど、ジョンが運んできたお土産はギルマン商会だけではなくこの店にもおすそ分けされたらしい。さすがに品がいい、と姉さんは言っていた。
「…でも今日はどうしたんです？　姉さんは留守なんで用件を聞くだけしかできないんですけど…」

「いやいやいや。ただちょっと顔見に来ただけだよ、マルティンボーイ。ヨナタン先生の注文もあったけど、最近他からの注文も増えてきてね、うちもなかなか景気がいーんだよ、これが」
　ギルマン商会は精密な機器からガラス製品や金物なんかの雑貨を手広く扱ってる。お医者のヨナタン先生からはやっぱりそういう注文があるんだろうな。
「他からって…どういう注文なんです？」
　しおりをはさんであった宿帳を開きながら、なんとなく聞いてみた。
「おおーう。なんだか店一件建つような勢いだったねえ…もしかしたら、新しい建物をたてるのかも知れないよ。大工連中にも声かけて欲しいってさ、今時珍しいもんだね。はあっはっはっはっ！」
「へえ…」
　ゲルンタージュは昔々からの建物が今でもたくさん現役で残っているから、空き地というのがほとんどないんだ。だからこの町で大工さんというと、基本的に改築とか改修とかを手がけることになる。だからそういう新規の建物を見たのは…あれ？　いつだったかな。ボクが生まれてからでも…そういうのはあったっけか…？