TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[2-1]

2:競合するのこと #1

「保留って…」
　ほ、ほりゅう…？　了承か不可かどっちかって話だったんじゃ…。
「つまりは何か他の要因があって今は認可できない、ということだね」
「競合てのも、なんか…怪しいわよね」
　でも、その…。なんで？　とかそういう言葉しか浮かんでこない…。
「マルティン。お二人には休んでもらったら？　お疲れのようだし…ね、そうしましょ？　お部屋は空いてるし、一日くらいなら無料でいいから？　ね？　さ、行きましょう？」
　あ。たしかに…その方がよさそうだ。二人とも普段と比べると顔色があまり良くないし…疲れているようだ。かなり急いでゲルンタージュまで戻って来たんじゃないだろうか。ボクなんかじゃ追いつけないペースで来たんじゃ…。
　ヘルガ義姉さんは軽く目配せすると二人を強引に案内して行ってしまった。

　でも…なんで？　保留？

　明かりを消して無理やりベッドに潜り込んで、無理にでも寝よう、明日落ち着いてから考えよう…と思ったんだけど寝れるわけもない。ようやく朝日が出るのかな…という頃にうとうとっとしたな…と思ったら承諾書の裏に押されてた『保留』の判がいきなりのしかかってくる夢見たりして、なかなか眠れない。そんな夢を追い払って寝返りうつと今度はみんなの顔が浮かんでくる。…いっそ起きてた方がいいのかな、と起き上がってみても…机の上にはあの『保留』の文字が。誰かを起こすわけにもいかないからやっぱり寝よう、明日だ明日、とか思ってても。
　そう簡単に眠れるわけなんかない…。

「おあよ～」
　なんとか太陽が昇った頃、井戸端に出てみると…マリアが洗濯用の平べったい石に腰掛けている。やはり眠そうな顔だ。
「…おはよ。寝てないだろ？」
「あんたもね」
　やっぱり他人からもそう見えるのか…。井戸から水を桶で引き上げてそのまま一口。あー…冷たい。頭が生き返るようだ…。
「ボクらに何か落ち度があったのかな…？」
　と、マリアは頬に指ついて、少し考える。
「うーん…そういうのとはちょっと違うみたいなのよね。フレデリクさんはね、他から全く同じ申請があったんじゃないかって。ほぼ同時に」
「他って…ゲルンタージュに薬協支部作ろうって人が他にもいるってこと？」
　こくん、とうなずくマリア。
「そうでないと『競合』にならないっしょ？　で、アレンさんはあの判見るなり『心当たり当たってみる』って飛び出して行っちゃって。アタシはフレデリクさんに聞いてみたけど…でも、誰がとかそういう話までは知らないって。ロベルトさんも聞いたことがないってね。まあ、ハイドシュタインだからゲルンタージュのことはあまり流れて来ないのかも知れないけどさ」
「それでも現行の薬協支部だもんな…何か情報あってもおかしくはない、か…」
　ふと…気になったことがある。
「まさか、ハイドシュタインの掲示板にボクらのとは別の承諾書が貼り付けられたとか…？　入れ違いで…？」
「ううん。それはないわ」
「なんで分かるんだよ？　君が見てないうちに判もらって回収したかも知れないじゃないか」
　マリアが申請書を貼る→誰かも貼る→本部の職員さんが見てそれぞれに『保留』判を押す→誰かが回収→マリアが回収…という流れなんじゃないのか、と思ったんだ。でもその考えを聞くとマリアは、にいっといたずらっぽい笑みを浮かべてみせた。
「いや実はね、一度本部の職員てのを見てみたかったから…張り込んでやろうって思ってさ。貼り付けてからずっと薬協支部の掲示板の前に寝袋置いて泊まり込んでたのよ。あ、もちろんフレデリクさんに許しもらったわよ」
　…よくやるもんだ。フレデリクさん、苦笑いしてたんじゃないだろうか…。
「だから誰かが貼り付けに来たらすぐ分かったってわけ」
「でも来なかった」
「そ。貼ってあったのはアタシが貼り付けたのだけ。でも…そんなに長くなかったはずなんだけどなあ…昼過ぎくらいかな？　宿屋の前で荷馬車がコケてね。辺りが騒然、としちゃった時に…」
「野次馬やっちゃったわけだ」
「えへへ…まあ、その…そういうわけね。で、戻ってみたらあの判でしょ？　びっくりしたわあ」

　…ん？　ということは…。
「その競合相手ってのはハイドシュタインにいないんじゃないのかな…」
「どうして？」
「だって、いるんならハイドシュタインの薬協支部の掲示板に貼るはずじゃないか。一番近いんだし。普通ならそういうところに貼り付けるんじゃないのかな？」