TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[2-4]

　宿屋、というのはやはりどこも似てくるもんなのかも知れない。
　うちの宿屋もハイドシュタインと同じように玄関がちょっとしたホールになっていて、そこでお客さんがくつろげるようになっている。そこから真っ直ぐ歩けば宿屋の客室なんだけど、うちはコックのセルゲイさんがやっている食堂兼酒場が向かって右にあって、いつも地元の人たちで賑わっている。実際、宿屋としてより酒場としての方が儲かっているんじゃないか、とか…。
　こんな時間だからさすがに酒場に人はいない。そもそもセルゲイさんだってまだ出てきてない時間なんだ。
「あちらでお待ちよ」
　ヘルガ義姉さんが示した先は…ホールに何組かある、ゆったりした長椅子がテーブル囲んでいるうちの一つ。入り口近くの一組だ。…たしかに誰か、男の人が座っている。背の高い人なのかな。…でもジョンじゃないし…見たことない人だ。
　…一緒にくっついて来たマリアが、なぜかボクの腕を両手でぎゅっと掴んできた。
　おいおい。
「…やあ。君がマルティン・シュトーレン君ですか？　私はジェレミー・ジェイスン」
　ボクらが近づいたのに気づいたのだろうか。すうっと立ち上がって一礼。育ちの良さ…とかって言うのはこういうのを言うんだろうか。
「今後もよろしく」
　やや首を傾げた仕草で握手を求めてくる。普通の人がやったら鼻について仕方ないと思うんだけど、体の動きが自然と言うかなめらかと言うか。板についているというのはこういうことを言うんだろう。
「は…初めまして」
　うわ。何ぎくしゃくしてんだ、ボク。こういうのは初めてだから…。いや、握手が、じゃなくて。握手ならさっきアレンさんともやったし、それくらいなら誰だって…。
「こちらこそ…よ、よろしく」
　ああ、なんだか口が、うまく、動かない。

「あ、あの、その…」
「ああ、こんな早い時間に、ですか？」
「まあ、その…」
　そうじゃないんだけど…いや、そうでもあるかな…むしろ、なんでボクに？
「失礼だとは思いましたが、君がゲルンタージュで薬協支部を立ち上げようとしている、という話を聞いたものでね」
　目の端に笑みを浮かべてみせる。…優雅？というやつなんだろうか。
「少しお話をしたいと思ったのですよ」
「は、はあ…」
　なんだろう、何の話をしたいってのかな…ボクなんか大したこともできないってのに…。
「いえいえ。大したことではないのですよ、大したことでは」
　…そ、そうなんですか…？

「とにかく座りませんか？」
　あ。そうだ。ずっと立ったままだったんだ…。
　そんなアレンさんの一言に、ふ、とボクは我に返ったような気分になった。…雲の上を歩く夢でも見てたような気分だったのが、すううう…っと現実に引き戻されたような。むしろアレンさんの言葉に喝を入れてもらったような…。
　…なんだろう。アレンさんの顔つきが真剣だ。さっきのカラドリア行きを止められた時の真面目さじゃない。…真剣なんだ。一番近いのはメリッサ姉さんがお医者のヨナタン先生の話をしていた…あの時の目に似ている。怒っているとかそういうんじゃなくて…難しい交渉相手？を前にしたみたいな。なんでだろう？　笑みすら浮かべているんだ。でもなんて不敵な笑みなんだ…。
「…そうね」
　マリアはマリアでボクの腕を掴んだまま、強引に体重をかけるようにボクごと長椅子に座る。向かい側の、もう一つの長椅子にジェレミーさんとアレンさんが並んで腰掛ける。
　…ただマリ…ア？…なんだ？　なんでそんなに睨んでるんだ…？　知り合い…なんだろうか？

「…そちらさんは分かってらっしゃるようですね」
　座ってから、つい、と足を組むジェレミー…さん。アレンさんにも向けている品のいい笑顔に変化はない。
「ええ。ルートセイバーが何人かハイドシュタインに入った、ということも知ってますからね」
「なるほど」
　…る、るーと…せいばー？
「しかし我々の本当の目的まではご存じないでしょう？」
　…目的？
　隣に座ってるマリアがぎゅっとボクの腕を両腕で抱え込んできた。まるで逃がさない、とでも言いたげに。
「知ってますよ。あなた方には何度煮え湯を飲まされたことか。…敵とかそういう言葉はあんまり使いたくないんですけどね。あえて使わせて頂きますよ。…宿敵、とね」