TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[2-6]

　…でもなんだか気になる言い方だな。ボクらはこの町が気に入って住んでるんだ。昔の栄光がどうこう…とかそういう話じゃないんだけど。
「しかし将来的に、もし、ハイドシュタインとの連携が可能ならば…ここまで有利な条件の町は他にないのですよ。例えばムカスや馬による交通網を整備する。あるいはよそからの出資者を募る。こういったことが実行できれば名は通っている町ですし、人はおのずと集まってくるでしょう」
　そういう…もんなんだろうか？　この人の話を聞いていると、そんなことで町って賑やかになっていくもんなんだろうか…とか思ってしまう。そんなに簡単なもんなんだろうか？
「その第一歩としてまず薬協支部を作ろうか、と」
「まず…ですか」
「そうです。まず」

「それで、ボク達にどうしろと言うのです？」
「あなた方が薬協支部を作りたい、というのはむしろ好都合なのですよ。我々が全面的にサポートしますよ。あなた方は今まで通り立ち上げ作業を続けて下さればそれでいいのです。必要な業務は場合によっては我々が代行しますし、経験豊富なスタッフが揃っていますので…より良い助言もできるかと」
「つまり、手助けをしたい…ということですか？」
「はい。競合していた我々が引けば薬協側もすぐに承認するでしょう。決して悪い話ではないと思いますがね」
　たしかに悪い話じゃないと思う。たしかに。だけど…。
　隣でずっと黙ったままボクの腕を抱え込んでいたマリアが、ぎゅっと力を入れてきた。…アレンさんは興味ない、という顔だけど硬い表情のままお茶をすすっている。
　そうか。そうなんだよな…。
　一つ、息を吸い込んでジェレミーさんの顔を見る。真っ直ぐ見たのはこれが初めてじゃないかな。
「いいお話ですね」
「そうでしょう。願ってもない話かと」
「でもお断りします」

　ほう、と妙な声を上げたのはジェレミーさんじゃない。アレンさんだった。
　ジェレミーさんは表情を変えずに、今度はあっちからボクの顔をのぞきこんでくる。…負けずとボクも身を乗り出すような格好になる。睨み合ってるわけじゃないけどお互いがお互いの目に集中しているような状況だ。腕にはマリアの体温が伝わってくる。アレンさんも茶碗を置いて…ジェレミーさんの顔を真横から見ている。ボクやマリアの顔じゃない。ジェレミーさんのだ。だから、彼は三人から顔を見詰められていることになる。
「…まあ、すぐに、というのはやはり難しいようですね」
　そういう意味じゃないんだけど。
「いかがでしょう。もう少しお時間を差し上げたいと思うのですが…」
「意味ないですよ。一度お断りする、と言った以上、こちらもそちらを頼ることはないと思います」
　…一瞬、ぽけー…と口を開けてみせた。すぐに元の顔に戻ったけど…まさか、必ずＯＫすると思ってたんだろうか…？
「左様、ですか」
　今度はううむ、と考え込んでいる様子。口に手を当てて、視線をテーブルに落として。
「分かりました。…今回はこれで引かせて頂きましょう。こちらが不利なようですし」
　と、立ち上がって服のすそを直したりしている。
「またお会いしましょう」
「…はあ」
　我ながら気の抜けた返事だとは思うけど、なんだかそんな言葉しか出てこない。どうにも納得できないと言うか、スジが通ってない話みたいだから断ったんだけど…少し、不安になってきてるのは確かなんだ。だってさあ…何もそういう経験がないわけだし、こっちは。でもあっちは多分いくつも薬協支部立ち上げとかに関わってきてるんだろうし。それなら今のボクらみたいにバタバタしたりしないんだろうし…その辺は純粋にいいなあ、と。

　再び握手を求められてきたんで、礼として一応返しておく。…なんだか最初の頃の印象と大分変わってきてるなあ…ジェレミーさん。育ちがいいとかそういうのなんだろうけど、なんだか信用できないと言うか。何か隠していそうで…人間の感覚なんてアテになんないもんだなあ…こんな短い間でも変わってしまうだなんて。
　アレンさんとも握手して、次はマリア。そう言えばこいつ、なんで全然しゃべらなかったんだろう？　こういう場でも平気でしゃしゃり出てきそうなのに。
　そのマリアはボクの腕にしがみついたまま、差し出された手をじろっと見る。
「どうしました？　お嬢さん？」
「…あんた、アタシのこと覚えてないの？」
「…覚えてますよ」