TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[2-7]

「…白々しい」
「ローガンの家としての体面を保とうともしないくせに。あなたはもう貴族とは呼べないと思うがね？」

「貴族？」
　ってなんだよ？
「カラドリアの領主に連なる一家・ローガン家。ふん、その割にはやることがお粗末だ。当代様やゴドフリー君はなかなかにやり手だが、君はどうなんだね？　我がジェイスン家が今までどんな苦労をしてきたと思ってるんだか。…温室育ちはこれだから…」
「…アタシだって大変だったわよ」
「大変…？」
　ジェレミー…さんの目が光ったような気がする。冷たく。
「その言葉は辛酸を舐め尽してきた者だけが口にできる栄誉を持つ。そして、そんな資格はあなたにはないと思うのだがね。君が一体今までどうやって生きてきたのか、自覚はあるのかね？」
「それっくらいあるわよ…！」
「ほお？　とてもそうには見えないね。君とうちでは状況が違うんだよ、状況が。ふん…まあいい。我々はこれからもっと上を目指す。君も勝手にすればいい。でも私は君にローガンの末娘などという特別な印象は、もう持ってないんだ。…だから」

「何もしてこなかったくせに偉そうなこと、言わないでくれるかな？」

　ぐっ、とマリアが息を呑んだ感覚が腕に伝わってくる。そして体温より温度の高い何かが腕に触れた瞬間、何かがボクの中で弾けたような気がした。…無意識に足が一歩、前に出る…。
「マルティン君！」
　アレンさんの大きな声がボクを押しとどめる。本当に大きな声だ。宿屋を開く準備をしていたヘルガ義姉さんが思わず振り向くほど。ジェレミーさんもその声にびくっと体を震わせる。
「もういいでしょう。さ、お引き取りください」
「あ、ああ…」
　一瞬、ボクを見たその時の顔は…色んな感情が混ざり合っていて、よく分からなかった。

　ジェレミーさんが帰った後。マリアはずっと泣いていた。
　ゲルンタージュで雨は珍しくない。季節によっては毎日毎日しとしと降っている。だけど、今日は違う。朝のうちに大抵は「降りそうだな」という予感みたいなものがあるんだけど、それがなかった。服がじとっと湿ってくるような…肌がかすかになんだけどねばつくような、独特の感覚があるんだ。でも、それも何もなく霧のような雨が降りだしてしまった。ここではいつもの雨なんだけど…。
「ようやく寝たわよ」
　ヘルガ義姉さんが腰に手を当てて、半ば呆れ顔でそう言ってくれた。
「こういう時は寝かせるのが一番ね。しばらくしたら元に戻るでしょう…かわいい子じゃないの。マルティン？」
「うん…まあ…」
　かわいいのかどうかは、まあ…別だけど。
「しっかり守ってあげなさい。いい？　…セルゲイさんはもう来てるからね。食堂に朝食用意してもらったわ。心配しないで？　これはサービスだから」
「すみません。…なんだか色々とお世話になってしまって」
　深々と頭を下げるアレンさん。
「ううん、気にしないでくださいな。次からはお代、きっちり頂きますから。うふふ」

　アレンさんと二人、食堂のテーブルを囲むことになる。普段はよほどのことがないとこういうとこでは食べないんだそうだ。余分な出費はできるだけ切り詰めるのが行商ルートセラーなら当然の掟。本当なら宿屋だって泊まらないものらしい。
　パンは昨日焼いたのを今朝もう一度焼き直したもの。そのままだとかっちんこっちんに固いから、薄く切って火の上の金網に乗せてこんがりと焼き上げる。いくらセルゲイさんの腕がいい、と言ってもついさっき出てきたばかりなのに焼きたてのパンを即座に出すようなことはできない。だから昨日焼いたのを取っておいてこうやってもう一回焼いて出す。うちの朝食ではよくある光景だ。それでも香ばしさは変わらないし、歯応えがあって美味しいことには変わりない。
「…すみません」
「おやおや。何がだい？」
　カタモモのジャムはヘルガ義姉さんのお手製。甘味の邪魔をしない酸味がとても嬉しい。
「さっきのことです。…あそこで止めてもらわなかったら…」
「はは、そういうこともあるよ。あのままだと今後の交渉が不利になりそうだったからね」
　…あ。たしかに…別にケンカしに来たわけじゃなかったんだよなあ…ジェレミーさん。
「聞きたいんですが」
「ん？」
　タマゴは炒り卵。家の裏庭に放し飼いしてある鶏のだ。朝一番でハインツ兄が取りに行くことになっている。基本的にこういう厨房関係はやらずに事務仕事ばかりのハインツ兄なんだけど、卵だけは毎朝取りに行く。ボクが生まれる前からの日課なんだそうだ。
「ルートセイバーって…何ですか？」