TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[2-8]

　本当は違うことを聞きたかったのかも知れない。『貴族』のこととか。
　マリアの…こととか。アレンさんなら何か知ってるかも知れない。
　ゲルンタージュにだって領主の館というのがあってそこには領主様が住んでいる。でも市民議会というのも同時に存在してて、みんなで選んだ代表の人たちとその領主様が話し合って色々なことを決めることになってる。…貴族なんて人たちはいない、と思う。少なくともボクは今まで聞いたことがない。
　そういうところも含めて色々聞いてみたかった、のかも…知れない。

　でも…なんだか聞いちゃいけないような気がしたんだ。今は。

　実際、ルートセイバーというのも気にはなるしね。ジェレミーさんがそうなのかどうかは分からないけど。
「おやおや…知らなかったのか…うーん…」
　少し、考え込んでしまうアレンさん。手にしていたフォークとナイフをそっと白いテーブルクロスの上に置く。
「ルートセラーの意味は知ってるよね？」
「はい。『薬草』を『売る』人たちですよね」
「そう、そうなんだ。でもルートセイバーは『薬草』を『助ける』人たちなんだ」

　濃い目にいれた茶を、一口。アレンさんは牛乳を入れて飲んでいる。
「やくそうを『助ける』…」
「平たく言えば僕らの敵、になっちゃうのかな？　やっぱり。薬草を採取して売る、という行為自体が許せないみたいだからね」
　さっきもそういうことをアレンさんは言っていたけど…。
「許せないんですか？」
「そうとしか思えないね。なんだか人殺しでもしてるように見えるらしいよ」
　皮肉な笑みを浮かべてる。…そこまで、なのかなあ…。
「僕らは行商をして各地を回っているわけだけど、行商する時にだってルールがないわけじゃない」
　アレンさんによると町によっては勝手に道端で行商をしてはいけない、なんて町もあるんだそうだ。そういう町では、やはり先に店を開いたりしてるルートセラーや、顔役と呼ばれる力を持った人に挨拶しておいてから店を開くものなんだそうだ。
「しきたり…みたいなものかな」
　それはまあ、当然だとは思うけど。あ、だからアレンさんはゲルンタージュに来る時に『地元の顔役さんか古参のルートセラーに話通してくれても…』って言ってたのか…。
「でも奴らはね、そういうルールも全部無視して僕らの邪魔をしてくるんだ。場合によっては町全体のもめごとになることもある」

　勝手に道端で行商してはいけない、という町がある一方で逆に行商を奨励している町もある。街道沿いにある場合が多いんだそうだけど、そういう町ではルートセラーはもちろん行商人は大変に歓迎される。居ついて商売を始める行商人には店舗の場所や資金を援助したりする町もあるそうだし、無数の露店が並ぶ『露店商店街』を観光の目玉にしている町もある。ハイドシュタインからバイパス抜けて東西大街道へ出てしばらく行ったところにあるマーシャンダイツなんかはそういう町だ、って前に父さんが言ってたっけ。広い目抜き通りに見渡す限り、数え切れないほど並びまくる露店や屋台が有名なんだそうだ。町としての規模はそれほど大きくはないんだけど、活気はかのセントレランドのビルマコッチャにひけをとらない、とまで言われてるらしい。
　こういうのはモノとカネが行き交いながら少しずつ、少しずつ発展していく。それが町として発展していく、という考えになるんだろうか。実際、マーシャンダイツだって何十年か前まではごくごく小さな村で、そこから今のやり方を少しずつ進めて行って今のようになったんだそうなんだけど。
「とにかく彼らはルートセラーが薬草を売るのが気に食わないらしくてね。聞いた話だと無理やり商品を奪い取ったり『ここで買い物をしてはいけない』とお客さんを脅したり、とかね。さんざん付きまとわれて廃業した人もいるらしい」
「じゃあ…」
「そう。そんなことしたら他の行商人にも迷惑がかかる。町にもね。ルートセイバーお断りって看板が出てる町もいくつかあるくらいさ」

「でも…なんでなんでしょう？　そこまでルートセラーを目の敵にする、ってのは…」
「薬草だけじゃなくて植物全体なのかな？　とにかくそういうものを保護するのが目的らしいんだね。だから『薬草』を『助ける』人たちって名乗ってるのさ」
　うーん…。
「お題目は立派だよね。誰も薬草を守ることに反対はしないさ。それこそ反対する理由が見つからない。だから奴らの中には『反対する理由がないならそれは全て正当なことだ』とさらに過激に行動するのまで出てきちまう。本来の目的からどんどん離れて行ってしまうのさ」

「中にはきちんとしたルートセイバーもいるんでしょう？」
　きちんとした、ってのも何か変だけど。
「おやおや、…どうかな？　自分から『ルートセイバーだ』って名乗ってきた奴の中では…僕は会ったことないなあ…うん。そういう人たちもいるんだろうけどね、本当は」
　炒り卵をまとめて口へと運ぶ、アレンさん。…少し、雨が強くなってきたかな。どんよりと曇ってしまっているから、折角ヘルガ義姉さんが開けていってくれたカーテンもあんまり意味がなくなってしまってきている。