TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[2-10]

　少し意識が飛んだみたいだけど…大丈夫、大丈夫。うん。

　まあ、タミィ義姉も悪気があるわけじゃない。…いや、あったら困るか。
　それでもアレンさんにいい物件あったら紹介する、と約束してくれた。こういう約束は破らない人だから信用はできる、と…思うけど。時々「うっかりしてたの。ゴメンね」とかそういうこともあるから…まあでも初対面の人間にまではそういうことしない、と思うんで期待はできるはず…たぶん。
　マリアに会えなかったのを非常に残念がってたけど、必ず会わせてじっくり話させる、と今度はボクが約束させられてしまった。…破ったら何されるか分からないから、こっちは近いうちにどうにかしよう。
「なんだかスゴイお姉さんだよねえ…独特の間合い持ってると言うか」
　アレンさんにはこんなことまで言われてしまった。ここまで言われるってのも、さすがタミィ義姉というべきか…。

　そのアレンさんをボクの部屋に案内しようか…と思っていたら
「いや、タミィさんの情報が来るまでここに泊めてもらうよ。それほど時間はかからないって言ってたしね。まあ、三泊くらいなら問題ないから、一番安い部屋にしてくれると嬉しいなあ」
　と、言われてしまった。
　…たしかにボクの部屋は今、半分以上…いやベッド以外の床はほとんどを例の資料の一部が占めている。もう一人なんて、とてもじゃないけど泊められるようなものじゃない。うちの倉庫から持ち出して、メリッサ姉さんの店で調べて、そのうち重要そうなのだけを選り抜いて部屋にため込んでいるうちにこんなに大量になってしまった。今じゃ物置と変わらない状態。寝る時はベッドに続く細い獣道？を辿っていかないといけない。最近はハイドシュタインとか姉さんの店とかに行っていたから、そんなに自分のベッドで寝てたってわけでもないんだけどね。
　ようやく歩けるようになったエトヴァルトがよちよちと入ってしまって、資料の山で転んで大泣きしたのは…ハイドシュタインに行っている間のことだったっけ。帰ってきたらヘルガ義姉さんにもこっぴどく叱られてしまった。
　たしかに片付ければいいんだろうけどなあ…どうせ調べてるうちにまたどんどんたまっていくわけだし。それに…アレを片付けるには…一体どれくらい時間がかかるんだろう？　アレンさんはもちろんその辺の事情を知っているから気を使ってくれたらしい。タミィ義姉はもちろんそんなこと知らないからああ言ったんだけど。

　アレンさんを一番安い部屋に案内して、それから姉さんの店に行くためにメモリオ通りに向かうことになった。まだ「保留」のこともジェレミーさんのことも知らせてないしね。…マリアはまだ眠っているし。だから二人で出かけることにしたんだ。
　雨は霧雨で、少々うっとうしい。降るなら降るで、どばっと降ってくれたらそれなりにカサとか雨具も用意するんだけど…こういう雨の時はどっちつかずで困ってしまう。
「それ…雨合羽ですか？」
　思い切ってカサを手にしたボクと、何やら頭からすっぽりとかぶってしまっているアレンさん。布にしては固そうな気がするし…それに、見たことのない不思議なてかりがある。油…にしてはやけにあっさりしているように見えるし。深い茶色なんだけどところどころ染みみたいに黒くにじんでしまっているんだ。
「これかい？　これはパシャンの実の果汁から作った液体を利用した雨合羽だよ。水をはじく効果があってね。紙でもいいんだけど、布でもいいからあらかじめこうやって合羽の形だけ作っておいて、自分で塗るんだよ」
　軽くすそを振ってみせる。音まで固い、ような。普通の布よりも目が粗い、と言うか…綿じゃなくて麻か何かなのかな。
「簡単なのは首がすっぽり入るように丸く切り取って、後は頭にかぶれるように別に小さめのを切っておくんだ」
「へえ…」
「そんなに何回も何回も使えるもんじゃないけどね。普通は雨が降ったらどこかで雨宿り、というのが定番なんだよ。僕たちにとっては」

　パシャンの実、というのも聞いたことがなかったんで、行く道すがら色々聞いてみた。
「野生種は…イルトンランドに生えているんだ。でもゲルンタージュにはないね」
　それでも、昔から実が少しずつ街道に乗ってあちこちに散らばっていったんで、結構あちこちにある木らしい。有名なのはノルザムランドにある広大な農園。パシャンの実はこうやって合羽に使うだけではなく食べても甘くて美味しい。むしろそっちの方が知られているらしい。新しく種や苗木を植えてからだと何年かしないと実がならないけど、その農園は何十年…いや、何百年と続いているから見上げるような大きなパシャンの木が並んでいるんだって。
　木材としても珍重されているんだそうだ。独特の光沢があって愛好者も多いってアレンさんは教えてくれた。
「栽培種もあってね。より木目の整った材木を得るためのやつとか…実を干す専用のやつとかね。天日で干すと甘味が増すんだね」
「食べたことあるんですか？」
「うん。あれは食感が独特だったなあ…生のやつはね、中に大きなタネがあってその周りがどろっとしてさらに甘くなってる。干したやつは歯触りがまた独特だね…最近食べてないけど、ホント、あの甘味はクセになるよ」