TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[2-11]

　…たしかに美味そうだなあ。
　この辺では聞いたことがないけど、結構あちこちにあるのならどっかで食べたり見たりできるんだろうか…？

　と、そんなことを話しているうちにメモリオ通りのヘンな塔のある店に着いてしまった。雨は変わらずぱらぱらと降っている。さすがにこんな天気だと出歩く人はいない。ここに着くまでに会った人もいないくらい。そもそもうちの宿屋がゲルンタージュで二番目に大きなカティ通りに面しているし、メモリオ通りだってそんなに小さな通りってわけじゃないから、普通なら少なくとも十人くらいの人とすれ違うんだけど。そのうち三人くらいは知り合いかな。
　町の真ん中を通っているゲマ街道を歩けばもっと会えると思う。なんだかんだ言ってもゲルンタージュで一番大きな道、ということに変わりはないんだから。

　メリッサ姉さんの店の前にはムカスのキャロルが地面寝そべるような格好だけど、いつものような優しい目を上げて出迎えてくれた。黒真珠のようなツヤのある、大きな目だ。のぞきこむと自分の顔が映っているような…そんな気がしてくるほど。軽く鼻面を撫でてやると、その目を細く閉じて小さな、むーーー…という声をあげる。ムカスは夜なんかに、ぼおおー…って遠吠えをあげることもあるけど、普段はこういう小さな声を出すくらい。それでも篭る感じじゃなくて響く声だから結構耳に止まる。
「あら。早いのね。…結果、出たの？」
　キャロルのその声が聞こえたのか、姉さんが顔を出した。…うーん、どう切り出そうかな…。
「…ま、とにかく入りなさいな。アレン君も」

　ドアを開けて中に入ると、すでに暖炉には火が入っていた。夜や早朝ならともかく、こういう暖房器具を用意するにはまだ早い季節だけどボクは知っている。店の中を乾燥させるためにこうやって火を着けることがあることを。湿気は薬草や木の実にとっては大敵なんだ。
「…パシャンの渋？　へえ…懐かしいな…」
「…そう言えばこちらではあまり使われませんね…」
　姉さんとアレンさんはまだドアの外。雨合羽のことかな…って、あれ？
「おはよう」
　ジョンが小さく手を上げて見せる。カウンター前に商談用のテーブルが一組。そんなに上等な品ってわけじゃないけど、こうやって腰を落ち着けられる場所ってのはやっぱり必要なんだよなあ。
「…どうしたの？」
　待ってたのかな。カサを手にしたままのボク。カサ立てに入れてから店内へ。
「結果。どうなった？」
　あ。…やっぱりって言うか、そりゃ気になるよな…普通。
　エマが興味深そうに目を輝かせながらお茶を一式運んできた。立ったままのボクの手をそっと引っ張って座らせてくれる。で、目の前にお茶の入ったカップが出てくる。…あ、ちょうどいい熱さだな。姉さんはあんまり熱くないのが好きなんだけど、あれじゃあちょっと物足りないんだよね。これっくらいならいいなあ…。
　…ってほっとしてる場合じゃない。

　うーむ…。

「保留…ね」
　隠すことでもないから、商談用のテーブルの上に思い切って例の判が押してある承諾書を広げて見せた。皆が額当てそうなくらいの勢いで覗きこむ。そして一様にため息をついて。そして、メリッサ姉さんが腕を組んでの一言だった。
「…どこかと競合してるってこと？」
「はい」
「心当たりがある…とか？」
　思わず顔を見合わせてしまうボクとアレンさん。ジェレミーさんのことなんだけど…。
　一つ、うなずいてから切り出したアレンさん。
「相手はどうやらルートセイバーのようなんですが」
「え？　…なんで…？」
「よくは分かりません。何か目的があってのことなんでしょうけど」
　ジョンがしきりと首を傾げてる。ルートセイバーの意味が分からないんだろう。エマは知ってるみたいで姉さんと同じように神妙な表情をしている。ひとしきり、説明したり顛末を話したりしたんだけど…意外と時間を喰ってしまった。エマがみんなのお茶のおかわりを用意しに台所へ一回戻ったほどだったけど…なんとかジョンにルートセイバーのことを分かってもらえた、と思う。
　でもたしかにヘンなんだよね。どうしてルートセラーと敵対しているはずのルートセイバーが薬協支部を作ろうとするんだろ…？　邪魔する、とかならなんとなく分かるんだけど。
「で…そのルートセイバーの責任者が早々と乗り込んできた、ってわけね」
「乗り込んできた…ってことになるのかな、やっぱり」
「そうでしょうね。行動早いとこみると…場数は踏んでそうね、かなり。立ち上げもやってるっぽいか…一人じゃ無理だからあと三人くらいはいるのかな。責任者と副責任者、それに雑用が二人。チーム組んでるなら…手ごわいわね」
　なんで姉さん、そんなことまで知ってるんだろ。ルートセラーってのは意外な知識持ってることが多いから、とかそういうもんなんだろうか。
「ジェレミー、なんて言ったかしら？　その男」
「ジェイスンって名乗ってましたよ。ジェレミー・ジェイスン」
「…ジェイスン…うーん…」
「姉さん知ってるの？」
「いや、似た名前をね。ちょっと」