TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[2-13]

　商談用のテーブルを囲むようにボクとアレンさんとジョンと…メリッサ姉さんが座っている。エマは姉さんの後ろに立ったまま。外はまだ雨が降ってるけど、暖炉があるからそれほど気にならない。それでも細い炎なんだけどね。寒いわけじゃないからそんなに盛大に燃やすわけにもいかない。

「そうだよね…そういう人たちがいた頃もあったんだ…」
　昔はいたんだよなあ…貴族って。…とか思ってるとジョンが激しく首を横に振る。
「今でも、いる。何人か」
　…ジョン？
「二軒先のホルトホーフェンさん」
「ギルマン商会の…二軒先？」
「そう」
　ああ。あの大きな犬飼ってて庭の広い家で…旦那さんはうちにもよく来るけど、やたら腰の低い人なんだよな。まるで宝物にでも触ってるみたいにゆっくり飲むんだってセルゲイさんが言ってた。それに騒がしいのがあんまり好きじゃなくて、一人で来るって。奥さんも物腰の柔らかい静かな人だし…。
「あの人は爵位持ってる。たしか…伯爵」

　は。

「そうそう。聞いたことあるわ。領主様の血縁だとかなんとか」
　背後のエマに確かめるように顔を上げる姉さん。たしかにエマも何度かうなずいているんだけど…いや、実感ないな、やっぱり。あ、でも、てことは…他にも何人かそういう人たちがいるってことになるんだろうか。
「位の高い人がいる、というのはそれなりに大きかったり、歴史のある町なら結構普通のことだよ。セントレランド辺りだと普通にそういう話が出てくるしね。イルトンランドでも歴史のあるゲルンタージュにならそういう人たちがいても不思議はないよ」
　そりゃ、まあ。…たしかに。
「おやおや。マルティン君は全然気づいてなかったのかい？　爵位のある貴族の方々がこの町にもいるってことに？」
「…実感なかったんですよ、ついさっきまで」
「意識してなかっただけってことね。ホルトホーフェン伯爵だって、爵位があるなんてめったに言わないものね」
　小さく笑う姉さん。…うーん…。

「ところで、カラドリアはどうなんです？　やはり歴史はある町ですし…」
「そうだね」
　アレンさんは何度かカラドリアに行っているから、ボクらの中でもこういうのは詳しそうなんだけど。
「ただ、あそこはゲルンタージュとはまた違ってるからなあ…雰囲気とか、状況とかがね。よそから来る人の量も大分違うし。でもこっちよりは意識されてるような観はあるね。なんだろ…芸能人みたいな感じかな？　市民議会の選挙の時とか、代替わりした時のお披露目会なんかの時は結構目立つんじゃないのかな」
「議会はやっぱりあるんですか」
　ゲルンタージュにだってある、はず。…議員さんのことはよく知らないけど…あ、うちにも時々来る議員さん、てのがいたっけか…。
「うん。誰でも議員にはなれるからね。爵位を持った貴族が立候補することもよくあることなのさ、カラドリアでは」
「うちの町は議会が二つあるから貴族が市民議会に立候補、てのは無理なんだけどね」
「…そうだったっけ？」
　茶碗を口に運んでいた姉さんの手が、ふと、止まる。
「…マルティン。少しはそういうのも勉強しておいた方がいいわよ？」
「あ、ごめんなさい…」
「まあ、あんただけじゃないんだけどね。…ゲルンタージュの議会は二つあるの。市民議会と貴族院。普通に町の人が立候補できるのは市民議会ね。貴族院は領主様の推薦で貴族の中から選ばれるの。…何かの議題が上がってくるとするでしょ？　役所からとかどこからでもいいんだけど…そういうのはまず市民議会で議論されるの。結論が出て通過したら今度は貴族院。さらにそこも通ったら領主様が承認して可決」
　…初等学校や中等学校でやったはずなんだよなあ、こういう授業。
「まあ、領主様が反対して議会差し戻しとかそういう場合もあるけど、ほとんど貴族院と領主様は素通りってのが現状かしら。貴族院もほとんどが持ち回りらしいし。…そもそもの数がいないものねえ」
「二院制で市民と貴族が分かれてる、って町はそれなりにありますけど貴族の方は名義だけってとこがほとんどですよ。領主様だって承認するだけ、とかそんなものですし」
「そうね。…もっと小さな町や村だったら簡単なんでしょうけど、ねえ？」
「そうですね。大抵の村や町は議会一つに村長なり町長なりが一人いるだけですから。…カラドリアのように」