TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[2-18]

　それから二人で急いで姉さんの店まで来てみると、アレンさんがちょうどギルマン商会へと出かけるところだった。用事はもう済んだみたいで、姉さんと何か談笑しつつ出かける用意をしている真っ最中だった。
「おやおや？　なんだか面白そうな話だね？」
　でもボクたちの話を聞くと、例のパシャンの渋を塗った雨合羽をもう一度脱いで、テーブルまで戻ってきてくれた。
　…ちなみに。
　ボクとマリアはあちこちがじっとりと濡れてしまっている。降ってるったって雨の勢いはそれほど強くないんだけど…カサさして行こうって言ったんだけど。マリアの奴が早く行こう、カサなんかいらないって急かすもんだから…ったく。

　エマが急いで体を拭く厚手の布を持ってきてくれた。まだ少し早い暖炉にあたりながら、体を乾かしていくことになる。
　その間にもう少し詳しく説明しておくことにした。マリアが濡れないように慎重に隠してた例の冊子を取り出して見せたりして。でも、昔々のことなのよねえ…と、やや困惑したような表情の姉さん。
「ゲルンタージュの南の町外れ…？」
　ふむ、とあごに手をやって天を仰ぐ。
「あの石切り場…じゃなかった、石の集積所？」
「うん」
「宝石…うーん…聞いたことあるような、ないような…」
　腕を組む、額に指先をあてる、目を閉じる、背もたれに身をあずける…と、やっぱり考え込んでしまっている…。
「うーん…？」

　それを見ているマリアもやや、心配そうな顔だ。
「地域的にはどうなんです？　宝石とか出るような地方でしたっけ、この辺？」
「いや、そういう話は聞いたことないなあ…僕も。でも薬協が保証する、ってのも面白い宣伝文句だね。現代だとあんまり効果なさそうだけど」
　アレンさんは相変わらずだ。一人、面白がっているような、そんな印象。
「実際に職員が来てた、とか…」
「多分宣伝のためだけに名前借りた、とかそういうところじゃないのかなと思うけどね」
　姉さんはエマに短く指示を出していくつか本を持って来させている。目の色が違ってきてるから本気で調べる気なんだろう…こういう『本気モード』に入ると誰かが話しかけてもまともに返事もしなくなってしまう。…仕方ない、結果出るまでどっか他へ行ってるしかないか…。
「今からギルマン商会に行くんだけど、二人も来るかい？」
　アレンさんも同じ気持ちだったみたいだ。もちろんボクらに異論なんかあるはずもない。…っと、その前にエマにカサ借りておかないと。もう濡れるのはまっぴらだ…。

「メリッサさんとは何を話してたんです？」
　ギルマン商会への途中、マリアがアレンさんに聞いている。ボクがカサさして少し先を歩いて、二人が後ろに続いてくる格好。別に意味はないんだけどね。しっかし…濡れるの、気にしないよなあ…こいつ。カサも何もないのに平気な顔してたし。
「ん？　マルティン君の金儲けのことがあってね。調べておきたかったんだよ」
　そう答えるアレンさんは例の雨合羽を着込んでいるはずだ。
「ああ…何かいい手でもあるんですか？」
「もしかしたら、だけど。君の古巣へ戻るかも知れない。約束もあるし、ね」
「…カラドリアですか？」
「うん。手っ取り早いってわけでもないけど、まあ、一つの方法だね。おやおや？　イヤかい？　戻るのは？」
「イヤとかそんなんじゃないですけど…そんな簡単に稼げる手とかありましたっけ？」
「そこはやり方次第だね。うん」
　何かあるったってなあ…まだ少し…いや、大分不安があるんですけど、ボクには。

　霧雨の中のギルマン商会はいつもとなんだか様子が違って見える。いつもならゲルンタージュにしては珍しいほど殺風景な外観と、異様なほどに飾り立てられたドアが微妙なアンバランスでもって目に飛び込んで来るんだけど…この雨でかすんでるせいか、そのちぐはぐさまでもかすんでしまっている。隣に曲線だらけのおばけ屋敷みたいな空き家があって、いつもならこれもかなり対照的な印象を振りまいている。だけど、今はどっちも同じ景色に溶け込んでしまっていて、違和感すらない。
「やあ、ジョン」
　店の前にジョンがその長身で空を見上げている。…手には雑巾を持ってるから、ドアでも拭いていたんだろうか。その途中で空を見上げていた…とか？
「ロバートさんはいるかい？」
　アレンさんの問いに、こくっとうなずいてドアを開けてみせる。
　そして…ギルマン商会と言えばこの標語。ドアの上にでかでかと掲げてあって、ゲルンタージュでも知らない人はいないだろうってほど有名なんだ。

『暗い人にも明朗会計・ご用命ならギルマン商会』