TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[2-21]

「約束もありますし」
　守らないと何されるか分かったもんじゃないからなー。
「そうだね」
　アレンさんが身震いしたのは…別に寒いからってわけじゃ…なさそうな。

　カティ通りと言えばうちの宿屋のある通り。ゲルンタージュでもゲマ街道に次いで大きいとされている通り…なんだけど。
　やっぱり天気のせいかな、あんまり人通りもない。…いや、全然ない。一応、と言うかなんと言うか商店街みたいな通りになってて食料品なんかの生活用品を買いにくる人もいるんだけど。ゲルンタージュの台所を預かる商店街…てのは言いすぎかなあ、やっぱり。別に商店街がここだけってわけでもないんだし。そりゃ、通りが通りだからゲルンタージュでも一番大きい商店街にはなるんだろうけど…。
「…さむっ」
　マリアまでもが肩を抱えて軽く震えてみせる。そりゃ、お前はずっと濡れてるからだ。
　…いや、寒いってのもなんとなく分かるな…ここら辺はそれほどお金持ちが住んでいなかったらしく（うちもそうだけど）姉さんの店にあるヘンな塔とか、そういう派手派手で無意味な彫刻なんかが少なかったりする地域なんだ。だから違う地区でそういうのを見てからここへ来るとなんだか寒いと言うか空しいと言うか…。
「いや。そーじゃなくて…」
「何がさ」
　アレンさんは少し後ろを歩いてる。雨合羽に当たる羽音みたいな雨音がかすかに聞こえてきたりする。
「見事に閉まってる店が多いから」
「…そっちかい」

　姉さんの店があるメモリオ通りは元々が店じゃない家が多かったりするんだけど、カティ通りはその大きさのせいかいくつもの「顔」があったりする。今、ボクらが歩いてる商店街…結局一回宿屋に戻るような形になっちゃったんだけど…この辺りってのは元々「店」がたくさんあった地区になる。
　カティ通りはゲルンタージュを貫いているゲマ街道とまるでヘビが棒に絡みつくように何度も交わっていて、結構ぐにゃぐにゃしてるんだ。普通に歩いてる分にはそうは感じないと思うんだけど、その辺の適当な彫刻を目印にしてみるとよく分かる。さっき追い越したはずなのにいつの間にか右に出てきたり、視界の端に現れてみたり。…なんだか人間の感覚なんていい加減なもんだよなあ、とか思ってしまう。
　今いる商店街からもう少し町の奥へと進んでみると、やたら空き地や廃屋ばかりの地区へと入ることになる。さらにどんどん進んで行くと…ゲマ街道にぶつかってカティ通りは消えてしまう。それまで交わることはあってもぶつかって消えてしまうまでにはなってなかった。そこが事実上カティ通りの終点…いや、端っこになるんだろうか…？　そこら辺まで来ると家なんかもない、ただの草原になっちゃう。…昔はなんかあったのかも知れないけど、今は何もないただの草原…いや町外れ、かな。例の石の集積所があるのもその辺りになる。ホントの町外れ、なんだよなあ。
　まあ、普段でもめったにそんなところまで行ったりしないけど。

　商店街と言っても店が通りの両側にずらりと並んでて、活気にあふれてて威勢のいい掛け声やらお客さんの話し声やらが通りからこぼれそうなほどに…なんてのとは程遠いわけで。五軒以上店が並んでる場所とかあったっけか…？　てなもんだし。本来はほとんどの店がうちの宿屋のように昔々っから続いてる商店ばかり。だけど…何十年も経ってしまうと商売やめてしまったりとか引っ越してしまったりとか。それでくしの歯が抜け落ちるみたいに店がなくなって行ってしまう。…新規に店を、なんて話はここ数年でも聞いたことがない。だから例のアレが目立ってるんだろうけどね。
「さびしいもんだろ？」
「まあね」
　マリアはぽん、ぽん、と水たまりをよけながら歩いてる。片足でバランス取って立ってみたり両足そろえてみたり。
「カラドリアも場所によっちゃ似たようなもんだけどね。…でもまあ、あれでも人がいるだけマシなのかなあ…」

　ヨハン兄の雑貨屋は両隣に店がきちんとあるんでそれなりに賑わって…も見えないか。向かって右が花屋さんで左が骨董品店。どっちもめちゃくちゃ繁盛する、という店ではないけれどお客さんがゼロってことはないんで閉めたりするとかそういう話も聞かない。もちろんどちらも店の人のことは良く知ってる。…こんな商店街だからね。
『ファウヘン＆シュトーレン雑貨店』
　という看板がかかっている。形の上ではタミィ義姉はヨハン兄と結婚してうちのシュトーレン姓になってる。だけど、タミィ義姉には兄弟がいなくて一人っ子。跡継ぎがいないので事実上はヨハン兄が婿入りしたようになっちゃってる。…だから共同経営？みたいな形で看板もこうなってるんだ。『ファウヘン』というのがタミィ義姉の旧姓ってことになる。
　タミィ義姉のお父さんはボクが物心つく頃にはもう亡くなっていて、お母さんのスザナさんがずうっと店を守ってきてたんだ。このスザナさんがまた肝っ玉母さんと言うか二人揃うとダブルタミィ義姉と言うか…。
　店そのものは二階建てで造りもありふれたもの。…入り口の上に「て」の形した上の方だけ前に突き出してる妙な彫刻があって、なんだかお客さんを招いているようにも見える。もちろんその他にもそういうのがあって…その、ゲルンタージュでは結構当たり前な、という意味でありふれてる。

　店の前ではヨハン兄がヒマそうな顔して一人タバコ吸っている。店の中とか家の中で吸うとタミィ義姉が怒るんだそうだ。
「よお。どうしたんだ？」