TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[2-22]

「どうってほどでもないんだけど…」
　身長はボクら三兄弟の中で一番高い。父さんがそれほど高くないから逆に目だってしまうような。
「聞いたぞ。ハインツ兄もなあ…厳しいよな、あっははは」
　と…ぴょんぴょん水たまりを跳んで避けながらやってきたマリアに目をやる。
「…ほー…そっか、この子か。タミィが言ってたのは」
「は、はじめまして」
「ほっほーう…いやいや、こちらこそ初めまして。マルティンの兄貴やってますヨハンです」
　おずおずと差し出したマリアの手を、ぐっと握ってにかっと笑みを浮かべてみせる。さわやか…てなわけでもないか。でも慣れてるよなあ、こういう顔が。実は学校の時なんかも結構モテてたんだ、ヨハン兄は。ハインツ兄もそれなりで…ヨハン兄の方は誰からも好かれているという印象がある。ハインツ兄は誰からも一目置かれてるような、近寄りがたい雰囲気がある。それぞれ違う方向でモテて人気あったと言うか…特に誕生日の時なんかは、ね。二人とは大分年が離れてるから同じ学校に通ったことはないんだけど、ボクが窓口みたいになってた時もあったからなあ…あんまり思い出したくない苦い思い出、と言うか何と言うか。
「でも…なんだなあ、マルティン。お前も隅に置けねえなあ、なあ？」
　…だからそういうのはもういいって。

　やや遅れてきたアレンさんともども雑貨屋に中に招き入れられた。
「今かあちゃんもうちのもいないんだ。まあ、ゆっくりして行ってくれよ」
　かあちゃん、とはスザナさんのこと。…良かった、二人ともいないのか…いや、いた方が約束果たせて良かったのかな…？
「君がアレン君かい？」
「はい。お世話になってます」
「いやね、うちのが君の宿を探すって言ってたろ？　あれ、俺も探してんだ。…どうだい？　このカティ通りで、だな…」
　いきなり地図を広げだす。…店はいいんだろうか？　ヨハン兄？　ま、お客も他にいないけどさ…。
　アレンさんは急いで例のパシャンの雨合羽を脱いでいる…。
「…それ、パシャンの渋塗ったやつかい？」
「ええ」
「懐かしいなあ、ええ？　ゲルンタージュじゃ手に入んないんだろ？　俺もさあ、もらったんだよ。…そうそう、それだよ、そのビンだ…ちょっといいかい？」
　アレンさんが取り出して見せた小さな広口ビンを手にするヨハン兄。中にはあのパシャンの渋が入ってるんだろう。
「メリッサがくれたんだよ。タミィと初めて旅行に行った時でな。それがマーシャンダイツだったんだよ」
　マーシャンダイツって…父さんが前に言ってた屋台がたくさんあって活気のある、ハイドシュタインから東西大街道抜けた先、だったっけ？
「…メリッサ姉さんってマーシャンダイツにいたの？」
「おう。あそこでルートセラーになったって言ってたぞ？　それにあそこの薬店で働いててな…副店長だったんだ、俺らが行った時はな」
　と、ビンを本当に懐かしそうに引っくり返したりしてる。…そっか…姉さんマーシャンダイツにいたんだ…。
「ジャックてのが店長やっててな、これがいいヤツだったんだけどな」
「へえ…」
　と、そっとビンをアレンさんに返す。
「事故でな。うん。事故だったんだよ」
　…何のことだろう…？
「いいか、マルティン？」
「は、はい」
「ここまで言っちまったから俺はこの先を話す。けどな、メリッサには言うんじゃねえぞ、いいな？」
「…え？」
「君たち二人も。尋ねないことが優しさってこともあるんだ…」
　ヨハン兄はカウンターによりかかるような格好。ボクらもそのカウンターに手をついたりそのまま立っていたり。椅子とかそういうものがないんだ、何しろ雑貨屋だからね。細かい商品が所狭しと並んでいるし店そのものもそれほど広くない。椅子なんか置くスペースもない。…じっくり腰を落ち着けての商談、となるとカウンターの奥にあるドアを開けた先にある台所兼食堂を使うのが普通。
　でも今はヨハン兄しかいないから店を放り出してみんなで奥に…というわけにもいかない。だから、こうやって立ったままになっちゃう。

　それでもいつになく真剣なヨハン兄の顔。黙ってうなずいて見せるボクたち。…雨が、少し強くなってきた気がする。

「俺とタミィは結婚する前でな。…いや、近々結婚しよう、という時だったんだ。別にかあちゃんも父さんも反対はしてなかったんだがな…メリッサに言ってないのが気になってな。あいつのいるマーシャンダイツに二人で旅行に行ったんだ」
　ヨハン兄とタミィ義姉とメリッサ姉さんは年が一緒で学校でも仲が良かった、ってのは前に言った通り。三人とも学校を卒業してそれぞれの道を歩き始めた、ってことになるんだけど…
「そうだ、今のお前より…少し上になるのかな、三人とも」
　てことは高等学校を卒業して…あれ？
「メリッサ姉さんがゲルンタージュに帰ってきたのって…」
　たしかそれくらいの時だ。ボクが幼年学校の高学年だったから。ヨハン兄たちが学校を卒業して…二年とか三年とか？
「ああ。あんなことがあったからな…だから、あいつはここへ戻ってきたんだよ…」