TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[2-23]

「あいつは卒業と同時にマーシャンダイツへ行っちまったんだ。しばらくは行商もしてた、と言ってたけど…すぐに薬店に入ったんだと。そっちの方が面白い、ってな」
　前に聞いたことがある。姉さん、一時期行商もしてたって。
「その頃会ったのがあいつ、ジャックだ。いい奴だったんだがな…ほんと」
「何か…あったの？」
「何かどころじゃねえ。失敗しちまったのさ。…お前の風邪薬の時と同じようなやつをな」

　ボクの時はホピルの実の分量が合わなかった。後で聞いたら幻覚作用なんかもある薬草で、調合は慎重にやるものらしい…いや、姉さんがいい加減に調合したってわけじゃない。ボクの体質にホピルの実が合わなかった、ということらしいんだ。実際、あれは普段からエマも飲んでるものらしいし（だからボクに飲ませてくれたわけだし）。普通の人なら問題になるような分量じゃないらしい。
　ヨハン兄が語ってくれたところによると…その時はホピルの実じゃなくてオムケカの実だったらしい。
　これはルートセラーだけではなくて、普通にどこでも使われている実なんだ。日当たりのいい川べりや草原なんかに生えている細長い葉っぱ数枚に太い茎が一本だけの草。これは冬のうちに小さな白い花を一輪だけつけて、春先には茎の先に実を一つ残して全体は枯れてしまう。その実からはもちろん芽が出て次の葉っぱや茎も出てくるんだけど…なぜか夏の暑い盛りには芽を出さないんだ。秋の始まり頃に芽を出して、葉っぱも出てきて。それから冬に花を咲かせるという、なんだか普通の植物とは逆に成長してしまう、ヘンな草なんだ。
　春先に日当たりのいい草原に野草を摘みに行ってこの実もついでに摘んでくる。…間違えたりしないのかって？　それはまずない。だって、普通の実っていうのは球の形をしてるけど、オムケカの実には四角形を二つ組み合わせたような八つのでっぱりがあって、しかも色がまっ黄色。大きさは親指の先くらいもある。こんな実は他にはないから、まず間違えようがない。
　摘んできた実は乾燥させてすり潰して水に溶いて飲む。…結構苦いんだ、これが。
「マーシャンダイツの薬協はそれの栽培もやっててな」
　栽培もそれほど難しくないらしい。むしろ実の管理に失敗して勝手に増えて行った…なんてのもあるんだとか。
「じゃあ、品質にも問題ないですね」
　と、何度かうなずくアレンさん。薬協が栽培してるってことは薬店にもいいオムケカの実が常に出回るってことになる。
「ああ。そこら辺に油断があったのかも知れないけどな」

　薬草には薬効があるのだけれど、全ての人に薬効通りに効くわけじゃない。
　ボクとホピルの実もそうだけど、そのジャックって人とオムケカの実もそうだったらしい。
「それこそ風邪薬ってことで調合したんだと」
「それで…まさか？」
　まさか、その…あんまり考えたくない事態…？
「…過去に例がないわけじゃないよ、マルティン君。まさか、なんていつでもどこでもあり得るんだ」
　アレンさんの表情も暗い。
「そうだ。そのまさかさ。起きちまったんだよ…まさか、ってなことがな」
　ヨハン兄が軽く天を仰いで目を閉じて見せる。
「…俺らがマーシャンダイツに着いた時は、その騒動がちょうど収まりかけた時でな。あれだけ落ち込んでたメリッサを見るのは、正直イヤだったぜ。結局俺らと一緒にゲルンタージュへ戻ることになっちまったんだ」

　ミスってのは…必ずあるものなんだけど…でも、起こしてはいけないものなんだ…。ボクの時でもあれだけ落ち込んでたんだ、姉さんは。てことは…その時はすごく落ち込んだんだろうなあ…。
　マリアの顔色もあまり良くない。そういう経験があるのかどうかまでは、ちょっと分からない。
「話なんかしたのはそれこそほんの数日だったんだがな。それでも…イイ奴だったんだが…ジャック・ジェイスン」
「ジェイスン？」
　そのマリアの声が一段階高くなる。
「その…ジャックって…ジャック・ジェイスンて名前なんですか？」
「あ、ああ…」
「出身はカラドリアとか言いませんよね？」
「いや出身までは覚えて…あ、たしか…ハイドシュタインの方から来た、とか言ってたな。俺の町には人がいませんから、とか…」
　…ってことは…。
　マリアの顔を見ると、なぜか真っ赤になってじっと床を睨みつけている。
「そう。ジェレミーには年の離れたお兄さんがいるの。名前は…ジャック。ジャック・ジェイスン。アタシがカラドリアにいた頃から行方が知れなくなってたの」

「おやおや。それじゃあいつがメリッサさんの店には行かないわけだ」
　たしかに。ミスとは言え、いくらなんでも自分のお兄さんを死なせた人にお願いに行くとは…。
「おいおい、何言ってんだ…？」
「え…？　そのジャックって人、メリッサ姉さんの調合で死んだんじゃ…？」
　それを聞いたヨハン兄。ぼりぼりと頭をかいて…

「誰が死んだっつったよ。腹壊して三日ほど寝込んだだけだってよ。ただ、その後『俺は薬店の店長ではなく研究者になる』とかいきなり言い出して全部放り出してノスクルバーグへ旅立っちまった。それからどうなったかは…知らねえよ」