TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[2-24]

「人によって効く、効かないがあるのを研究するんだっつってな。思いついたら一直線な男だったらしいから今頃はノスクルバーグでうまいことやってんじゃ…って、どうした？　お前ら？」
　大きくため息をついて額に指当ててるマリアと…あんぐり口を開けたままのアレンさん。…ボクだって変な顔、してるんだろうなあ…今までの緊張感がなだれをうって流されて壊れて行く…。

「ま、まあ、とにかく。それがジェレミーがメリッサさんのところに行かない原因じゃないか、ってことね」
「面識くらいはありそうだからね。やりにくい…のかな、やっぱり」
　実際のとこは分からない。でもお兄さんを知ってるとなるとやりにくいってのもあるんじゃないのかなあ…。
「おやおや？　どうかな。あいつがそこまでデリケートだとはとても思えないんだけどね」
　でもやはりアレンさんはジェレミーさんに対してはキッツいわけで。
「別の何か策でもあるのかも知れないよ、マルティン君。油断はできないね」

　結局タミィ義姉は戻って来なかったので（幸か不幸か…）一旦宿屋に戻ることになったんだ。「これでも食ってけ」というヨハン兄の言葉に甘えて三人、それぞれに小さな丸い揚げ菓子が入った紙袋が手渡された。これはボクらゲルンタージュの人なら子供の頃から知っている食べ物で、クイトという。天気のいい時ならそこら辺のちょっとしたスペースに屋台が出てたりもするし…こうやって雑貨屋でも売られてたりする。もともとが家庭で食べられていたものだから家で作ることも多いんだ。
　うちの場合はセルゲイさんがよく作ってくれていた。今ではもうお手の物だけど、ヘルガ義姉さんは他から来た人だから以前は作り方を知らなかった。で、よくセルゲイさんに習いに行ってたんだそうだ。だから二人のクイトはやはり似ているような気がする。…今ボクらが歩きながら食べているのはタミィ義姉が作ったものだろうから、少し…違うような気がする。
「へー…どうやって作るの？」
　こういう状況でも濡れるの、構わないのかこいつは。右手にクイト持って左手に袋持って。すでに全身ずぶ濡れだってのに。
「材料は小麦粉と卵だからそれほど大変でもないんだけどね」
「練って揚げる？」
「練るってほどでもないけど。混ぜながら耳たぶくらいの固さになったら形作って揚げるんだ」
　そう言うボクもカサ持ちながらだからちょっと食べにくい。少し前を歩いてるアレンさんはそうでもないみたいだけど…。
「砂糖の替わりにトゥペの木の皮を甘味として使うのと…香り付けにアニラ豆を少々。決め手はエイゼルの実を粗く砕いたのを入れる、ってとこが他のとは違うとこなのかな」
「なるほど。このポリポリした歯応えはエイゼルの実だったんだ…へえ…」
　エイゼルの木はゲルンタージュ周辺にいくらでも生えている。低木のトゥペの木だってそう。見つけるのはそれほど難しくはないんだけど…アニラ豆、てのがね。イルトンランドじゃ寒くて育たないから栽培されているサウザムランドから定期的に仕入れているんだ。何で知ってるか、と言えば姉さんの店でも販売しているから。他の食材を扱う系統の店と連絡を取り合ってまとめて仕入れるようにしている、って姉さん前に言ってたことがある。その方が安くなるし、色々情報も交換できるようになるから、ってね。

　雨が少し強くなってきた。霧雨…にしては粒も大きい。
「…あれ？　エマ？」
　さすがのマリアもやや焦った表情であちこち見回してたんだけど。
　宿屋の玄関ドア前。やはり黒い小さなカサをたたんでドアによりかかっている小さな黒い姿は、間違いなくエマのものだ。…近づいてくるボクらに気づいたのか、相変わらず少ない表情のまま、その小さな手をそっと上にあげて、左右に振って見せている。
　いや、そこまでしなくても。他に誰もいないんだし…。

　ボクはカサをいつものカサ立てに。アレンさんは合羽を丁寧にしまい込む。それでも後何回も使えないだろうね、とのこと。やや薄暗いロビーには誰もいない。まあ、昼時には少し早いし。盛ってくるのは夕方以降なんだけどね。
　で、マリアは…
「…もう…カサくらい貸してあげるから。ダメじゃない、こんなに濡れちゃって」
「はい」
「女の子なんだからもう少し身体に気を使って、ね？」
「はい…」
　と、ヘルガ義姉さんに叱られつつ大きな布で体を拭かれて、着替えを用意するからこっちいらっしゃい…ってやけに嬉しそうにヘルガ義姉さんの後を犬か何かのようについて行ってしまったんで、まあ、放っておこう。それよりエマに手渡されたメモを開いてみる。当のエマはメモを渡すとさっさと走って行ってしまった。言うまでもなく姉さんからの伝言なのだろうけど。
「…どうなんでしょうね…」
「そうだねえ…」
　アレンさんも考え込んだ表情。
　やはり姉さんが書いたもので『大体調べ終わった』というのが一点。そしていくつか要点っぽいのが記されてはいる、らしいのだけれど…。
「実際に行って話を聞いてみた方がいいみたいだね」
　メモを何度か回したり裏っかえしてみたりしていたアレンさんがつぶやく。
　…姉さん、調査に没頭しすぎると周りが見えなくなるのはいつものことなんですけど…せめて書き込む方向を統一してください。そして文字を重ねるのにも限度ってもんがありますよ…。
　これじゃ何がなんだかさっぱり分からないんですよ、黒い紙眺めてるようなもんで…。元は普通の白い紙だったろうに。