TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[2-25]

　…てことは…やっぱりもう一度メモリオ通りにまで戻らないといけないってことか…。まあ、調査の結果も気になるし、こういうのは早い方がいいだろうから、戻るのはもちろん問題ないんだけど。
　この雨がなあ…本音では外に出たくないと言うか何と言うか。
　やれやれ、もう一回かあ…もつかなあ、やっぱりもたないだろうなあ…としげしげと合羽に見入っているアレンさん。だいぶ雨の勢いが強くなってきてるんだ。実は。何だってこんな時期にこんなに雨降ってるんだろ。いつもなら降ってもお湿り程度だってのに。時々ドアに大きな雨粒が叩きつけられるような、なんだかお腹に響くような音までしてきてる。

　アレンさんは渋を塗り直した予備のがもう一着あるんだそうで、その新しい？合羽を着ている。マリアはマリアでヘルガ義姉さんに借りた着替え着て、今度はカサを持っている。なかば強引にヘルガ義姉さんに持たせられたらしいんだけど…だからって機嫌悪いとかそういうこともない。むしろ嬉しそうにニコニコしてる…だったら最初からカサ借りとけばいいのに。うちは宿屋だし、ゲルンタージュは雨が多い時期もあるから貸しカサくらいいくらでもある。
　ボクが散々「持ってけ」と言っても聞かなかったくせに…ヘルガ義姉さんの言うことは素直に聞くのか、まったく。
　そのヘルガ義姉さんはセルゲイさんに頼んでくれたらしく、結構な量のパンを濡れないように油紙に包んでさらに袋に入れてボクに持たせてくれた。…たしかにあのクイトだけじゃお腹はいっぱいにはならない。
「メリッサとエマちゃんの分もあるからね」
　と意味有りげに片目をつぶって見せながら。…なるほど、たしかに…。

「え？　あれ読めなかったの？　そう…ま、いいわ」
　なんとかメモリオ通りに辿りついて…これだ。まあ、別に今説明聞けばいいんだから問題はないんだけどね。
　メリッサ姉さんはそう言いながらパンを遠慮も何もなくぱくついている。片手にパン、片手で資料らしい本を広げながら。器用なことをするもんだ、と思うかも知れないけど…姉さんは集中すると周りの一切が目に入らなくなる。もちろん昼食をとるとかそういう考えすら消し飛んでしまう。…場合によっては丸一日何も食べずに調査や調合してることもよくある。だから食べる物がある時は必然的にこういう状態になってしまう、というわけ。
　どちらかと言えば…食べない時の方が多いかも知れない。でもそれじゃ体が持たないってことで、昔はよくボクが食べ物の調達をやってたもんなんだ。ヘルガ義姉さんはもちろんそのことを知っているからボクにパンを持たせてくれたんだと思う。ただ…今はボクらもお腹空いてるんで（昼食の時間なんかもうとっくに過ぎてる…）半分奪い合いの半分取り合い…って意味同じか。普段はこういうのに参加しないエマや、あんまり参加しそうにないアレンさんまで巻き込んでの昼食のパン争奪戦になってしまったんだ。
　それが一段落ついてから改めてあのメモの内容は…？　ってことになったんだけど。

「結果から言うとね、鉱脈と言うか地質的に、と言うか。ゲルンタージュ周辺の土地から宝石の類が出るってことはあり得ないわ」
　皆も腹が落ち着いてきてるんで、どこかまったりとした表情でお茶をすすってる。商談用のテーブルじゃなくてカウンターの奥に姉さんとエマ。ボクらはカウンターに向かう形になってる。
「宝石ってのはもちろん美術的に価値のありそうな、ってことね。石炭とか研磨にでも使えそうな砂とかだったら出ないとも言い切れないけど…そっちは詳しく調べてないのよ、まだ。そこまで時間なかったから」
「じゃあ、ガセだったのかな…？」
「あわてないで。自然に掘り出すとかそういうのは無理ってことなの」
　手にしていた最後のパンを思い切ったように頬張って…飲み込む。そこまで無理に詰め込まなくても、とは思うのだけれど。そして軽く手をはたいてから広げていた分厚い本を閉じる。今度はその下になっていた薄い本を取り出した。
「おやおや…それは…」
「あら。知ってるの？　アレン君？」
「モール・ビールチェの本じゃないですか…まさか初版ですか？」
「そこまでマニアってわけじゃないのよ。これは最近になって再版された復刻版でね、内容が面白かったからこないだハイドシュタインで買ったものなの」

　しきりに感心しているアレンさんとなぜか嬉しそうに自慢？してる姉さん。
「ねえねえ」
　マリアがささやくような小声でボクの袖を引いてくる。
「もーる・びーるちぇって…何？」
「ボクが知るかい。こういうのはそっちの方が詳しいんじゃないのか？」
　ルートセラーなんだし。
「何よ…知らないことだってあるわよ。あんただって家が宿屋なんだから知ってるんじゃないの？　こういうこと？」
「家は関係ないだろ。君だってハイドシュタインにボクより長くいたんならそういう話、聞いたことあるんじゃ…」
　と、ここで姉さんが軽く咳払い。そして妙なニヤニヤ笑いを浮かべてる。
「説明、したげよっか？　それともおジャマ？」
『説明して下さい』
　…まったく…。

「この本はね、当時の風習を書いたものなの。そうね…数百年とかそういう単位で昔のことだけど」
「モール・ビールチェは今でも謎の多い作家でね。その中でもこういう随筆と言うか日々の感想をまとめた書物と言うか…創作でない文章は珍しいとされているんだ」
　なんだかかなり昔の人なんだな…ということはよく分かったんだけど…。
「で、この中にはね…面白い遊びが書かれてるのよね。…宝石の類をどこかに隠してそれを探し当てたら賞金、もしくはその宝石がもらえます、ってね」