TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[2-26]

『…？』
　ハテナマークがいっぱいの顔のマリアと…ボク。思わずその顔をお互いに見合わせてしまう。
「うん。当時はそういうお遊びが流行っていた、ということらしいんだね」
「それで…マルティンが持ってきたあの冊子は年代的にあれだからそれっぽいし…」
「って、ちょっと…いいですか？」
　おずおずと手をあげるマリア。
「そもそもモール・ビールチェって…どんな人なんですか？」
　それはボクも同感だ…半分くらい、二人の話が見えてない。

「何百年か前の変な作家くらいに思っておいていいわよ。詳しく説明するのも何だし」
　え。姉さん、それじゃあいくらなんでもそっけなさすぎと言うか…。
「ええとね、ウソが多いって有名なんだ。行ったこともない土地のことを勝手に想像で書いたりしてね。それでも当時は自由に旅行できる国とできない国とがあって、そういうあまり外へ出られない国の人には大変に歓迎されていたらしいんだけどね」
　アレンさんが説明してくれたけど…なんだろ、一体どんな人だったんだろ…？
「じゃあ、昔の小説家ってことですか？」
「そうだね。その方が分かりやすいと思う。随筆とかはあんまり残っていない。だから珍しいんだけど」
　でもウソが多い人の書いたものって…信用できるんだろうか。
「下調べが異常なまでに入念だった人でもあるんだ。ウソってのはね、マルティン君。二種類あるんだ。意味もなくだますためだけのウソと、何か目的があって真実に見せかけるためのウソとね。モール・ビールチェはとびきりの後者だね。作品のためならウソも平気で使う。だけどそれが臨場感や真実味を増すことにも繋がっていくんだ」
「だからモール・ビールチェの本てのは今でも人気あるのよね。でもこれはそれの復刻版てやつなの。内容は当時のと全く同じなんだけど発行されたのがつい最近、ってやつね」

「で…これによると何百年か前、当時はそういうお遊びがあった、と。二人ともここまではいいわね？　先、進むわよ？」
『はい』
　まるで学校の先生だ。
「マルティンが持ってきた冊子はそれよりかなり時代が進んだ頃のものなの。そういう遊びが一般的になっていた、というわけじゃなくてむしろ過去のお遊戯になっちゃってるのね。でも…客寄せみたいな意味で復活させてみたのね。煽り文句で薬協使ってるところからしてお遊び的な空気が少ないし。それに…」
　あの冊子をくるりと裏返して見せる姉さん。
　もう全体が端の方から茶色く変色しきってしまっていて、乱暴に扱うとそれこそ崩れてしまいそうにも思えてしまうこの冊子。三枚くらいの紙を真ん中で折ってヒモで留めてあるだけの簡単なものなんだけど…それが今までこうやって形をとどめているってことは…意外と頑丈な作りなんだろうか…。
「ここを見て頂戴。発行元はカラドリアなのよ」

　…ごつん。

　思い切り覗き込んで思い切り額をぶつけ合う…ボクとマリア。…痛い。あー…コブでもできてるんじゃないのか…マリアも額押さえてうつむいて唸ってるし…。
「何してるのよ？」
　本当に何してるんだ、と呆れ顔の姉さんと、痛そうに顔しかめてるアレンさん。…ちょ、ちょっと待ってもらえますか、もう少し痛みが引くまで…。あ、エマがあわてて持ってきてくれた布を当てると気持ちいい…。井戸水で冷やしたのかなあ…。

　…まだ痛いけど…大丈夫。もう問題ないだろう。…マリアは少し涙目になってるけど、こっちも大丈夫っぽい…。

「カラドリアが成立したのはゲルンタージュより後のことなの。モール・ビールチェがこの本を出した頃にはまだ存在してなかったんじゃないかしら」
「ちなみにハイドシュタインはそれよりもずっと、ずっと後になるんだね。ゲマ街道が街道として立派に機能していた頃はゲルンタージュとカラドリアがこの街道でも有名な都市二つだったんだ」
　その辺のことは誰でも知ってる歴史なんだけど。ボクも知ってるし…マリアだって知ってるだろう。…そのマリアの方をそっと見てみると…やけに真剣な顔して何度もうなずいている。
「ここからはあくまでも推測ってやつね。…いい？　この冊子はカラドリアで発行されて…客寄せの目的で昔の貴族の遊びを再現してみせた。当時は栄えていたゲルンタージュの町外れを使って、ね」
　貴族、か…。
「モール・ビールチェのこの本によれば宝石を隠してみせるこの遊びは、そもそも貴族がパーティなんかの時に余興としてやっていたらしいのね。もちろん一般人はそんな遊びがあることを知るよしもなかった…それが時代が下るとこうやって普通の商店が宣伝に使うまでになってきた、と」

「ただ、この宝石はあくまでも客寄せのためのエサ。昔の貴族だったら見つけた宝石は賞品として進呈…てなとこでしょうけど、こっちは参加費として事前にいくらか払ってもらっておいて、その額に応じて見つけた宝石の一部を手に入れることができるって仕組みになってるの。多分相場よりも安い値で買えるとかそういうとこでしょうね。参加費だけで十分に元手が取れる見込みがあるってことだから、かなり集客力がある店だったみたいだけど」
「宝石で釣って一儲けってことですか…？　結構エグいですね」
「そんなに儲からないわよ。これはあくまで客寄せのイベントだから…宝石の総額よりも参加費から購入額引いた額が若干多い程度じゃないかしら？　他に売りたい商品もあったはずでしょうしね」
「あ…ということは…もしかしたら…まさか…」
　なんとなく話が見えてきた、ような気がする。それが姉さんにも伝わったのか、意味ありげな笑みを浮かべてみせる。
「そう。もしかしたらまだ残ってる可能性があるのよ、その宝石がゲルンタージュに」