TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[2-27]

「でもそれは…さすがにないんじゃないですか…？」
　やや不審な顔のアレンさん。同じ風に思っているのはマリアも一緒だろう。言ってしまってからボクもなんだか不安になってくる。…一体何年…何十年…百年？とかそんな前の話なのに。もし本当にどっかに行っちゃったとしても、もう誰かが見つけちゃってるんじゃないのか…？
「まあ、聞いて頂戴。当時としちゃ結構大きなイベントだったみたいなのよ、実は」
　今度は別の大きな本を、どすん、とカウンターの上に置いて広げて見せる。そのままだとカウンターが狭いままなので、それまであったのはエマが一冊ずつ戻しに往復してる。手伝おうか、としたらエマにそっと止められてしまった。自分がやるって。…結構強情なんだよなあ、この子。
　分厚くてほこりっぽいそれは『ゲルンタージュ雑聞記』と呼ばれているもので、姉さんが持ってる本の中でも一、二を争うほど大きくて扱いに困る本になるだろう。…いや、以前ね…ちょっと。運ぼうとして足の上に落としたことがあるもんで…。カドが当たっていたら骨が折れてたんじゃないか、とかそんな風な痛みだったもんで。
　まあ、それはともかくとして。
　なんでも昔のヒマな商店街の人たちが（そういうとこ、今とあんまり変わらんのかなー…）あちこちで聞いた噂話を書きとめていったのが始まりなんだとか。そうやっていつの間にか溜まっていった「噂話」の数はもちろん尋常じゃない数になる。その中でも皆の興味を引きそうな話だとか教訓になりそうな話だとかだけを選り抜いたのがこの本なんだ。こうやって本になったのはボクが生まれる大分前で、ハインツ兄が生まれた頃とかそれくらいらしい。本当は印刷されることもなく時々こっそりと見ては話のネタにする…と、結構不健康な楽しみ方をされてく運命だったみたいだけどね。
　それでもどこにでもあるようなものではなくて、個人で持ってるのはゲルンタージュでも姉さんくらいなんじゃないのかな。後は…議院にでもあるって話を聞いたような気がする。もしかしたらそれこそ貴族の誰かなら持ってるのかも知れないけど。
　ちなみにこの『雑聞記』の編集ってのは今でも続いてるんだそうだ。とは言ってもゲマ街道がさびれちゃって人の減ってしまった今ではそれほど盛んでもないらしいんだけどね。現在の編集長はなんとあのロバートさん。顔が広いからたしかに適任ではあるのだろうけど…続編とか「２」とかができるとしたら一体どんなのができるんだろう。ちょっとコワイような楽しみなような…。

　カラスがめんどくさそうに羽ばたいているような音を立てながらばさばさとページをめくっていく姉さん。
「えーとね、あ、ここ」
　ようやく広げて見せたのは…こんな見出しがついている記事だった。
『戦慄！　ゲルンタージュに怪盗現る！』
　…ええと。
　ボクら三人が思わず顔を見合わせたのは言うまでもない。

「ああ。見出しを気にしちゃだめよ、こういうのは。大抵は人目を引こうって大げさなのがついてるんだから。宝石絡みだから『怪盗』ってのも笑っちゃうけどね」
「え。でも…こんなのとか…」
　マリアがおずおずとその横に載ってる記事を指す。
　…『半魚人の亡骸が食い荒らされる！？　ゲマ街道の悲劇』…って…近くに海もないってのに…？
「それ？　内容は誰かが持ってきた魚の干物のことみたいね。ゲマ街道が栄えていた頃だからよそから来たんでしょうけど、珍しい魚の干物だったからみんなで分けて食べたって話」
　…なんだかなあ…。
「それよりもこの怪盗の話ね。雑聞記って結構色んな年代の話が幅広く載ってるの。これは…年代的にはマルティンの持ってきた冊子とほぼ同じ時期で…百年ほど前ってとこかしらね。いくつか証拠があるから間違いないっぽいんだけど…コレにはその顛末が書いてあるのよ」
「つまり…その後ってこと？　宝石隠してから？」
　と聞いてみると、こくんとうなずいて見せる姉さん。
「この宝探しのやり方は１０の場所に宝石の入った袋を隠して参加者に見つけてもらうってものだったの。でも…どうやら見つからなかったらしいのよ、一つだけは。隠した主催者側も場所を見失ったらしくてね。まあ、ゴタゴタしたんでしょうけど…話が町中に広がっちゃって、その行方不明になった宝石の袋を探そうって一種の発掘ブームが起きた…てことらしいの。でもその後見つかった、って話はこれにもどこにも載ってないのよね」
「なるほど」
　そうか…その後話自体が忘れられてしまった…としたら、たしかに今でも残ってる可能性が…。
「…え…これ…」
　すっとんきょうな声を上げたのは、身を乗り出してずっとその記事を目で追っていたマリアだ。
「この宝探しの主催者って…ミナハ薬店だったんですか…？」
　言われてアレンさんも身を乗り出す。
「おやおや…たしかに…」

「ええ。ミナハ薬店って、もともとはゲルンタージュに本店があったのよ。カラドリアのは支店だったんだけど…いつの間にかあっちが本店みたいになっちゃったらしいのよね」
　と、何ページか前の記事を指して見せる。『怪盗』が現れてから何年か後のことになるのかな。ええと…見出しは…
『食うか食われるか、血で血を洗う抗争に燃える真実』
　…ここまで来るとわけわからんなー…。