TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[2-28]

　エマが新しいお茶を持ってきてくれる。優しく広がるその香りに、なんだか気持ちが柔らかくなってくる。

「ゲルンタージュ随一だったミナハ薬店がついにのれん分けした…って話がこれ。…しばらく経ってからミナハの創業者一族がそろってカラドリアに移住したって話も出てくるのよ」
　ざっと読んでみると…たしかにそういう内容の記事には間違いない。そうなんだけど…抗争とかそんな激しいのがあったわけでもなさそうなんだよなあ…。普通にカラドリアに土地買って、普通に支店ができたって。そういうことが普通に書いてあるわけで。なんだか、当時はこういうシャレでも流行ってたんだろうか…？　なんか悪趣味だけど。
「宝石探しの頃はまだ本店がゲルンタージュにあったんじゃないかしら。でも今はこっちにミナハの関係者なんかいないでしょうしね」

「じゃあ…あれって元々はゲルンタージュの人だったからじゃないんですか？」
　ぴ、とアレンさんを人差し指で指すマリア。アレンさんも同じように指し返してみたりしている。
「あ。そうかも知れないね。たしかにあれはこっちの人っぽい趣味ではあるね」
「…何の話です？」
「ほら、アタシがカラドリアの薬協の話した時にさ、隣にあったって言ったじゃない。家が」
　…家？　家…家？　そりゃ家くらいあるだろ…？
「サルみたいなボールみたいな串焼きみたいな彫刻がある家のことだね」
　あ。ああ。そっちかあ…そう言えばそんな話、あったっけか…しかし一体どんな彫刻なんだろ、それ。
「その家がゲルンタージュの人のじゃないかってことなの？」
　姉さんも興味深そうだ。行ったことはないのかな、カラドリアには。
「ええ。ミナハ薬店のとなり…いや、今はカラドリア薬協になるのかな…そのとなりにあるんですよ、そういう家が」
「カラドリアじゃあまず見ないですね、あんなのは。…アタシなんかゲルンタージュ来てなんだか納得しちゃった方ですし。あんな趣味の彫刻もアリなんだなーって」

「なるほど…そういうことならそこが創業者一族の家かも知れないわね。引っ越す時にゲルンタージュから持って行ったとかそういうことかもね」
「反対側のとなりはうるさくてガンコな親父さんが食堂やってるんですけどね」
　くすり、と笑うマリア。
「…でもあそこの薬協支部も変わっちゃったみたいですしね。何だかにぎやかになってるってアレンさんが」
「にぎやか…？　薬協にはなんだか似合わない言葉ね」
　姉さんも同じように思ったらしい。まあ…常に人があふれてる薬協支部てのは…なんだか想像しにくい。ハイドシュタインのしか見てないボクだけど。そりゃ、もしかしたらそういう薬協支部てのはどこかにあるのかも知れないんだけど、ね。
「多分管理人が変わった…ありゃ、そうでもなかったんだった。ジェームズさんがまだ管理人だったはずだから…」
「ふうん…どんな人だったの？　その管理人のジェームズさんって？」
「アタシがいた頃はやせててやる気もなさそうだったんですけどねー…」
　と、ちら、とアレンさんを見る。
「僕が行った時はそれはもう…太ってるわけではないですけど痩せてるわけでもなかったですし。なんだか覇気みなぎるって言う表現がぴったりでしたよ」
　姉さんは軽くトントン、と紙切れを揃えてエマに渡したりしている。
「マルティン。カラドリアに行ってみなさいな。…どうも怪しいわね、その薬協支部。他から何か手が入ってるっぽいわね」

　手？　言われて自分の手をじっと見てみたりする…。
「誰かが指導したんじゃないかってこと。そういう方向へ進むように、ってね」
「でもそれはそれで悪くないんじゃ…」
　マリアやアレンさんの話聞く限りじゃ、それまでは薬協支部として十分に機能してなかったみたいだし。それが活気も出てきて薬協支部自体もにぎやかになった、って言うんならそれはそれでいいんじゃないの？
「そ。悪いことじゃないわね。でもいいこととも限らないわ。そのジェームズさんの真意が分からないから何とも言えないけど…どこかで異常に無理してる場合だってあり得るわ」

「理想なんていくらでも煽り立てることができるのよ、マルティン。煽られた側が意識してなくてもね。気がついたら戻れないところまで入り込んじゃってることもある…」
　えっと…姉さん？
「本当はしたくない、自分のやりたいことはこうだ、と思ってはいてもそれを口や形にできない人もいる。人間なんかこんなもんだ、と一つでくくれるほど単純じゃない。十人十色どころか全部違う。同じだけど違うの。そこら辺を理解できないと本当の意味での人心掌握なんか絶対無理よ。そしてそれが理解できない人間がやることは…一つだけ。そう、一つだけなの」
　姉さんの視線は資料の紙切れに向かっている。横を向いているから顔はよく見えない。
「己を押し付けるの。相手の事情なんか知ったこっちゃない。ただただ己の理想を押し付けて煽るのよ。己にとっては正しい道でもそれが他人にとっては間違った道かも知れない、なんてこれっぽっちも考えもせずに機械的にね」