TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[2-29]

　…ごくり。
　思わず喉が鳴ってしまった。…姉さん？
　振り向いて見せた顔はいつもの、少しキツい感じの顔。…さっきまでどんな顔していたんだかは、もう分からない。その姉さんは軽く唇の端を持ち上げるように、微笑んで見せる。
「ま。とにかく宝石とミナハの件もあるし、一度カラドリアには行ってらっしゃいな。色々見ておくのはいいことだしね。ただ、準備はしっかりしておくの。いい？」
「う、うん…」
　いつもの姉さんだ。姉さんなんだ、と思うのだけれど…。
「男の約束もありますしね」
「…男の約束？　何それ、面白そうじゃない？」
「なんか男二人で勝手に盛り上がってたんですよ、こう」
　姉さんの手を、いきなりがしっと掴むマリア。…おいおいおいおい…。
『そう、君を必ずカラドリアに連れて行ってあげよう！』
　…って、何勝手なセリフ作ってんだ？　大体なんだその彼方を指差す怪しいポーズは。
『嬉しい、ボクも必ずアレンさんのお役に立てるように頑張ります！』
　姉さん…あんたまで乗らんでも。だからなぜそこで瞳うるうるさせてその彼方を指してる指先見詰めるかあ？　どっかの劇団員か何かか、あんたらは？
「うんうん。いい話だねえ」
　いや、アレンさん。あなたも当事者じゃなかったんですか…他人事のような顔でしんみりとうなずかないでくださいよお…。

　ま。なんだかやっぱりごたごたとあったんだけど…。

　結局はカラドリア行きが決まってしまった。あんまり遠出したことのないボクがハイドシュタインを通ってカラドリアまで行く、となるとたしかにそれなりの準備が必要になってしまう。ハイドシュタインからカラドリアの間で一度は野宿しないといけないらしいしね。そういう経験なんかボクにあるはずもないし。
　必要なものは…何なんだろう。そういう基本的なことも知らないんだよな、ボクは。
「あんまりたくさん持って行こうと思わないことね」
　とは姉さんの言葉。マリアも
「足りなくなったらアタシやアレンさんがどうにかできるから。心配しないで」
　と言ってくれた。そのアレンさんは
「まあ、のんびり行こうよ。焦ったらロクなことにならないからね」
　と安心させてくれる。くれるんだけど…やっぱり不安はあるよなあ、見たこともない町に行くってのは。

　荷物は背負った方がいい、ということでギルマン商会で背負う形のカバンを買った。本当はボクの身長や体格に合わせて新品を作った方がいいらしいんだけど…そこまで時間もないので既製品の中で合いそうなものをロバートさんやジョンに選んでもらった。それから携行用の乾燥させた肉とかキロの実とか。こういうのは非常用なんだそうだ。
「ハイドシュタインで少し仕入れてから行こうか」
　荷物は少なく、が行商の鉄則なんだ、とアレンさん。…いや、別に行商しにカラドリアまで行くわけではないけど、心構えとしてってことでね。今回はある程度基本的な物品をゲルンタージュで仕入れておいて、それに加える物をハイドシュタインで仕入れる、って感じにしたいらしい。帰りもあるのだからその分はカラドリアでどうにかしよう…と。つまり行く先々の町や村で必要なものを調達していく。必要最低限なものだけを選んで持っていく、というのも基本なんだって。
　分かるような気はするのだけれど…やはり選んでいくってのは難しいものなんだ。
　ボクも一旦身の回り品を詰めてみたんだけどマリアに呆れられてしまった。あんた、一体どこまで行くつもりなのよ、って。
　着替えなんかはこんなにいらないし、本とかそういうのも置いて行きなさい。どっかで洗濯くらいはできるもんだし、書くのはメモとかそういう軽いもので十分。ンな重たいの邪魔なだけだ…って。
「切り捨て、って言うとヘンだけどね。ちょっと足りないくらいでちょうどいいのよこういうのは」
　そういうもん…なんだろうか。ただ、折角買ったカバンなんだけど、これじゃあほとんど何も入ってないからなんだかもったいないような。もっと小さいのを買っても良かったんじゃ…？
「フフン。何かとかさばることもあるからね…台はショーを兼ねるって言うじゃない？」
　言いたいことは何となく分かるんだけどそれは『大は小を兼ねる』だ。台がショーを兼ねてどうする、それこそ演劇でもやるのかっての。

　なんだかんだで準備は進んだんだけど、やっぱりばたばたしてたんだ。三日くらいかな…準備が整うまでには。それからさらになんだかんだとあって…例えばアレンさんとマリアの部屋決めとか。タミィ義姉が見つけて来てくれたんだけど、やはり部屋に落ち着くのに時間がかかったりしてた。
　都合十日くらい経っちゃっただろうか…その間にハインツ兄から稼いでおくべき金額まで提示されちゃったりしたもんなあ…金貨で五十枚だって。…ホントにボクなんかで稼げるんだろうか…？　そんな額？　しかも残ってる日数はもう二十日ほどになっちゃてるし。アレンさんはカラドリアでどうにかしよう、とは言ってくれたんだけど…。
　そう。今度はいつものハイドシュタインまでじゃない。全く知らないカラドリアまで行く旅が始まる。
「これを持っていきなさい。…気をつけてね」
　エマと見送りに来てくれた姉さんが手渡してくれたのはピルロの実。珍しい木の実でめったに見つからない。だからお守りにもなるんだそうだ。

　こないだまでしとしと降っていた雨はもうとうに止んでいる。これからゲマ街道を進むことになるんだ…。