TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[3-3]

　と、そこへ…。

　大慌てで息を切らせて飛び込んで来たのは他でもない、そのアレンさん。
「どうにも様子がおかしいとは思ってたんだけど…やってくれるね、まったく」
「わきゃっ」
「…おやおや？　どうかしたのかい…？」
　何て声上げてんだマリア…。しかも椅子に片足乗っけて熱弁でも振るおうか…ってまさにその時だったから腰は半分浮いてるし、突き上げかけたこぶしが中途半端に上向いてるし。しかもその不十分な体勢のまんま固まってるし。
「あ。いーえ、なんでもなんでもなんでもないんです、はい、あはははははは…」
　そそくさそそくさと体を丸めながら椅子にちんまりと収まって見せる。
　…何かあったの？　という顔でボクを見るアレンさん。
　何をどう説明すればいいんだか…分からない。はあ…。
「いや…まあ、水でも一杯どうです？」

「あ、ああ。そうしようかな…」
　ひくひくと唇の端がゆがんでる笑みと一緒に小さく手を振ってるマリアは置いといて。アレンさんは静かに腰を下ろす。
　ボクはカウンターの中に入っていってコップに水を汲むことにする。この薬協支部はこういう簡単なことくいらいはできるようになってるんだ。ここは長いこと管理人がいないところだったから、立ち寄ったルートセラーが全部自分でやってた頃もあったからね。ボクだってこれくらいのことならできる。
「ありがとう」
　アレンさんは差し出されたそれに口をつけてゆっくりと飲み干していく。
　と…カウンターに乗せていた手が、ぐい、と引っ張られた。おかげで思い切り横向きに体が傾いてしまう。その上耳までも思い切り引き寄せやがる。痛いってば。
　…何だよ。
　…お願いだから黙っといてよね、アタシが変なこと言ってたとか言わないでよね。
　…知るかい。
　…あんただって妙に思うでしょ？
　…知らないよ。
　そこへ…ふうー…と長いため息をついてコップを置くアレンさん。
「おやおや？　二人とも本当にどうしたんだい？」
「いえ、その、何でもないんですよ…ホントに」
　とりあえずマリアを突き放しておいて傾いた体をごまかすようにカウンターに肘をつく。…全くなあ…こいつは。こんなタイミングでこんなことするかなあ…普通？

　それでもアレンさんは、まあ、いいか、と思ってくれたらしい。コップをボクに返して…懐から取り出したのは一枚の紙。
「…実はね…ゲルンタージュに新たな薬店ができる、ってチラシがあちこちに配られてるんだ」
　やや引きつった表情のマリアものぞきこんでくる。
「これ…ですか？」
『ミナハの薬店がゲルンタージュに帰ってくる！』
「…？」
　それなら別にどう、ってことでも…いや姉さんは困るか。それっくらいだよなあ。
　だけど、その裏に大きく
『薬協支部、近日オープン（予定）』
　と書いてある…。

「そうなんだよ。最初は君たちが始めたのかと思ってたんだけど…よくよく聞いてみたら違うらしいじゃないか」
　昼もしばらく過ぎた…何て言うんだろ、昼下がり？お客さんの数も減ってきて、宿屋の中にある簡易食堂でボクら三人と、フレデリクさんとロベルトさんが顔を合わせてる。…あ、簡易食堂ってのは…この宿屋にはうちのセルゲイさんのような専属のコックさんがいないんだ。で、近くのパン屋さんからはパンを、惣菜屋さんに頼んでおかずを用意してもらっている。食器なんかは自分で整えるセルフサービス。洗ったりするのは後でロベルトさんや奥さんのマチルダさんがやっている。さらに何人か雇って掃除もしているからきれいなもんなんだけど。
　さっきまでは尋常じゃない混み方だったんだけどなー…うちもあれっくらい人が来てくれるとヘルガ義姉さんあたりが大喜びするんだろうけどなー…。
「そりゃまあ。…チラシまくとか、そんなこと考えもしませんでしたし…うぐ」
　マリアが手にしていたパンを…思いっきり飲み込んで目を白黒させる。…いっぺんに食おうとするからだ、全く。茶の入ったカップを差し出すとひったくるようにして飲み下す。
「ぐえー…あんがと…」
　ちなみにこの茶はタダ。だからお金のない旅行者はこれだけをゆっくりと時間をかけて飲むんだそうだ。