TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[3-5]

「僕が生まれたのはノルザムランドかセントレランドの街道上でね。馬車の中だったんだ」

　アレンさんの両親はルートセラーじゃなかったんだって。お父さんは隊商で医者をしていて、お母さんはその助手だったんだそうだ。
「そういう風に生まれる子供もいるってことさ。そんなに珍しいことじゃないさ」
　…でも、少なくともゲルンタージュにそんな子供はいない。ゲマ街道が賑わっていた昔ならいたかも知れないけど。
「隊商って言うのはね、結構不安定なんだ。…いや生活が、という意味だけじゃないよ。人の出入りも激しいのさ。顔か名前しか覚えていない人ってのもたくさんいるし、ほとんど話もせずにいなくなってしまった人だっている」
　お父さんが医者だったから結構たくさんの人に会う機会はあったそうなんだけど…。
「物心ついた頃から馬車や荷車暮らしでね。町というのは過ぎ去って行くものなんだ、と思っていたくらいさ」
　落ち着いて住むものではない、と思っていたらしい。
「不思議だったんだよね。揺れることのない家に住んでいる人たちというのがね。毎日毎日同じ人と顔を付き合せながら何年も過ごさないといけない、なんてのもね。…想像できるかい？　昨日まで普通に遊んでいた子がね…翌日にはいなくなっているんだ。挨拶も前触れも何もなく、ね」

「両親に聞くと決まって『ああ、出て行ったんだな』とそれだけさ。隊商を出て行く、というのはつまり落ち着く先が見つかった、ということになるんだ。…そういう自分の居場所のない連中が集まる吹き溜まりでもあるんだね、隊商ってのは」
　どぼどぼどぼ…と自分のコップに茶を注いでいくアレンさん。
「各個人同士の繋がりは驚くほど薄い。だけど、その薄い繋がりでもって各個人がなすべきことをやらないと動かない。出て行ったらこれも不思議なことに代わりの人がいつの間にかその場に収まっている。そしてその人たちもいつの間にかいなくなって…また新しい人が来る。それの繰り返しだったんだ…」
　簡易食堂にいる他の人たちからひときわ大きな笑い声が上がる。何か楽しい話でもしているんだろう。…ボクとマリアはそのままの姿勢で固唾を飲んでアレンさんの次の言葉を待っていた。
「うちの親は医者だったからまだ少し違っていたのかも知れないけどね。数少ない古株でもあったんだ。でも…」
　手にしていたコップを置く。やや上を見ながら…大きなため息。
「まさかね。隊商そのものが無くなってしまうなんてね」

「…隊商が…無くなる…？」
「そういうこともあり得るはずだったんだけどね。人が不安定ってことはその人がいる隊商も不安定ってことだからね。…でもあれには参ったよなあ…吸収されちゃったんだよ、いきなりね」
「他の隊商に、ですか？」
「隊商は隊商なんだけど…ちょっと違うかな。複数の隊商をまとめて効率よく交易を進めよう、という集団でね。そいつらがまず、うちの隊商のリーダーを丸め込んでしまったんだ。…後はもうなし崩しってやつだね。主要だったメンバーはほとんどがその『乗っ取り』に賛成してしまった。反対した者は追放されるくらいにね」

「僕の両親もその中に入ってたんだ。ノスクルバーグ近くのドルーセンという町で馬車から降りて…知ってるかい？　ドルーセン？」
「いえ…」
　聞いたこともない…。マリアも首を横に振る。
「知らない方がいいかも知れないね」
　何でもないような顔でアレンさん。…そっとフレデリクさんを見てみると…黙って一回うなずいただけだった。どんな町なんだろう…と思ったんだけど、それこそ聞かない方がいいような気がした。フレデリクさんもアレンさんもわざとそういう普通の表情を作っているような気がしたんだ。
「僕にとっては生まれて初めての揺れない家さ。しばらくはそこで過ごしたんだ…。でも結局僕の両親はドルーセンには馴染めなくて…よその町へ行こうか、ということになってしまったんだ。その頃には僕もドルーセンの隣のアークライトという町へ移り住んでいて、そこでルートセラーになっていたから…別れることになったんだ。両親はノルザムランドへ。僕は…イルトンランドへ」
　ノスクルバーグはセントレランドの大国・シポルニアス王国の首都。ノルザムランドなら南北大街道を使えばいいし、イルトンランドへは東西大街道を行けばいい。どちらもノスクルバーグの町中を貫いているはずだから、進むのは簡単なんだ。

「でも…どうしてイルトンランドへ行こうと思ったんです？」
　用心深そうな、やけに低い声のマリア。おいおい…なんか変なこと考えてるんじゃないだろうな…。
「うん。実は…僕はその頃結婚してね。だから両親とも別れて行動することになったんだけど…」
　…けっこん…？
　そう言えばアレンさんて見た目はボクよりも少し年上に見えるくらいだから、年齢もそれくらいなんだろうって思ってたんだけど…。本当はもっと年上なんじゃないのかな。フレデリクさんもそうだし、ジョンの伯父さんにあたるジラルドさんの物腰も何となくそれっぽかったし。
　これが童顔というやつになるんだろうか…ううむ…。
「いや、そこまで驚くことないと思うんだけど」
「あ、ああ、そうですね、そうですよね」
　って…マリアー！　何してんだー…自分のカップくらい自分できちんと持ってろよ…何盛大にひっくり返してるんだよお…。