TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[3-6]

　茫然自失として目を丸くしたまま固まってるマリア。おーい。
「あ、あの…その、何…」
　あーあ、カウンターびしょびしょじゃないか。こぼした茶はふきんで拭いて…ったく。

　ちょっとばたばたしてた間にフレデリクさんが新しい茶と交換してくれた。いわゆるやかん…いや、大きなポットかな。そういうのに入っていて、簡易食堂の小さな厨房にはいつもこれが沸いている。葉はそれほどいいものじゃないんだよ、とロベルトさんは苦笑いしてたんだけど実はそれなりの茶葉を使っていたりする。こういうのはまとめて購入するから安くなるんだよなあ…やっぱり。
　うん。さっきよりも涼やかな香りが強いような気がする…。
「で…どこまで話したっけ」
「け、けっこんしてた、ってとこまででございますだよ」
　ナニ顔真っ赤にして動揺してるんだかなあ…ようやく復活したってのに、こいつは。
「ああ、そうだった…まあ、それは大したことじゃないんだけどね。僕の奥さんという人がウェルトランドの出身なんだけど、マーシャンダイツに縁の深い家があってね。そこへ身を寄せようか、と話していたんだ。これからやることにはお金も必要だけど、ああいう拠点も必要だからね」
「やること…」
「そう。二人で必死に働いたよ。生活費も必要だったけど、それ以上に運営資金を稼ぐためにもね」
「…うんえい…」
「奥さんはルートセラーではあったんだけど隊商とは関係もなかったんだ。アークライトでは靴屋で働いていたりしたんだけど…あの町もあいつらには大変に迷惑していたんだよ。そして…僕の家と言ってもいい隊商を潰したのもあいつらだったんだ。隊商の乗っ取りを画策してたのもあいつらと同類だったって後で知ったんだよ」
　アレンさんの目がぎらりと輝く。それは一瞬で消えてしまったけど、ボクは同じような目の光を覚えている。…そう、ジェレミーさんと会った時に見た、あの目だ。
「ルートセイバーさ。あいつらのせいで僕と両親は隊商を追い出され、彼女は働く先を失ったんだ」

「アークライトは職人の多い町でね」
　ふう、と一息をついてから話し出すアレンさん。でも…抑え切れない何か強い感情のようなものがふつふつと湧き上がっているような…そんな気がする。
「あんまり行商のような行為を好まない。だからアークライトのルートセラーは行商よりも定住が多いのさ。…だからなんだろうね、奴らが目をつけたのは。数少ない行商ルートセラーはほとんどが追い出されたよ。いや、叩き出されたと言った方がいい。定住でなんとかやって行ってるルートセラーも嫌がらせを受けるようになって…」
「そういうのって警備隊とかに連絡したらどうにかならないんですか？」
　普通の表情に戻ったマリアが不思議そうに聞く。…たしかに。
「…もちろん通報したさ。でもあいつらは巧妙だからね。警備隊員がいる時は大人しくしてる。でもいなくなるとやりたい放題さ」

「そのうちあいつらは少しでもルートセラーに関係のある場所もしらみ潰しに狙うようになった。…夫婦でルートセラー、なんか格好のエサだね。奥さんは…それで働いていた靴屋を辞めさせられたんだ…」
　ぎゅっとこぶしを握る。…悔しい…んだろうな…。
「だからあいつらに対抗できる組織を作ろうと思ったんだ。マーシャンダイツはアークライトとは違ってルートセイバーを嫌ってる町でね。ああやって商売の邪魔をしようとする連中は即座に追い出される。だから、僕も奥さんもあそこでは気を張らずに生きていけたもんさ」
　…ふうっと握っていたこぶしを解いていく。
「その組織ってのが…」
「そう『白の旅団』さ。基本的にはルートセイバーに迷惑かけられてるルートセラーに力添えをすることだけど…薬店だとか定住だとかの手伝いもやってるんだ。まあ、よろず相談承りますってところかな…？　メンバーは僕と奥さんと他数名。最近は少しは名が知られて来たものだから、情報なんか集めやすくなったものだよ」

　軽く目を閉じて…ゆっくりと香りを楽しむように茶を飲むアレンさん。その顔はいつもの穏やかな顔に戻っている。
　大変だったんだな、と正直に思う。ボクなんかはただ、普通に学校行って、普通に卒業しただけだ。何か特別なことをしたわけでもないし…引っ越したこともない。たしかに母さんはボクが小さい頃に死んでしまったけど、それでいじめられたりしたこともない。もちろん町を追い出されたこともない。
　ちらっと横を見ると…マリアが眉を寄せて何か考え込んでいる様子で宙に指で何か描いてたりする。
　こいつも故郷から追い出された…わけじゃないけどよそへ行かないといけなくなってしまったクチだ。しかも両親も亡くしてハイドシュタインで一人で必死に生きてきた。そのせいかいきなり突拍子もないこと言ったりやったりするけど、それでも大変だったはずなんだ。
　ボクは…本当に普通に生きてきただけなんだな…。

「別に黙っているつもりはなかったんだけどね。ただ、なんだか言い出しにくくてね…」
「でも…アタシたちはその『白の旅団』とかに入る気もないんですけど」
「それはそうさ。あれは僕と奥さんの団体だからね。今は…僕だけちょっと休んでいるようなものなんだ」