ということでハイドシュタインでいくらか物資を買い込んで…もちろんマーサ商会にも行ってそういうものを買い込んだりして…準備を整えて。担いでたカバンは大体いっぱいになったかな…という程度。でもやっぱりばたばたしてしまうんだよね、こういう時は。…まあ、そういう場でもボクは何か言ったりもできないものだから、二人が手慣れた様子でどんどん物資を揃えていくのを見守るしかなかったんだけど。
　そんなこんなで夕方よりも少し前くらい。軽く寝ておいた方がいい、ということでフレデリクさんの勧めで薬協のすみで三人、毛布借りてちょっと横になったんだ。仮眠というやつかな。
　でも…寝れない。いや、昨日もあんまり眠れなかったんだ、実は。…なんだろ、遠足の前の夜みたいな。
　アレンさんとマリアは安らかな寝息立てて眠ってしまっている。こういうのはやはり慣れなんだろうか。こういう生活してるとどこでも寝れるようになるのかなー…やっぱり。

　夜…と言うより太陽が落ちてすぐの時刻。ボクらはようやくハイドシュタインを後にすることができた。他にも大抵何人か夜に出る人はいるもんだよ、とロベルトさんは言ってたけど…今、ここから見える限りでゲマ街道にはボクら三人の他には誰もいない。ハイドシュタインのカラドリア側出口ってのは初めて見たことになるんだけど、なんだかやっぱりゲルンタージュ側とは違うような気がする。木が多いような道の先がおどろおどろしいような…いや、気がするだけ、というやつだろう。だって同じ町の出口なんだから。
「…意外と寒くはないもんなんですね」
「うん。まだ宵のうちだからね。太陽の熱が残ってるうちは温度も高いね」
　アレンさんはいつもと変わらない様子で一番先頭を歩いている。その後ろにボク。そしてマリアが一番後ろ。ボクは二人にはさまれているような状態。
「イルトンランドは雨も多いし、木も多いからね。これが雪しか降らないノルザムランドとかだったら大変よ？　ホントに寒いんだから。そりゃもう耐えられないっつーか何と言うか。それに雪って重いし冷たいし…」
「…行ったことあるの？」
「え？　ああ、えへ…聞いたことがあるとかそんなもんなんだけどさ…」
　ごにょごにょごにょ…と語尾が曖昧になって消えていく。そりゃマリアはハイドシュタインを拠点にしてたって言っても、所詮はボクと同年代なんだし。そうそうあちこちへ行けるわけもないよなあ。
「おやおや。そういう場所もあるけど…ノルザムランド全部が全部雪に閉ざされてるってわけでもないんだよ。場所によっては雪なんか全然降らない町なんてのもあるしね」
「そうなんですか」
「隊商であちこち行ってた頃に立ち寄ったことがあるよ。それでも寒いことは寒いんだけどね…朝晩は必ず氷が張ってたりとか乾燥が激しかったりとか、ね」
「…だってさ、マリア」
「うっさい」
　大きく視線をそらしたまま、ずんずんとアレンさんを追い越して大股に先頭に立ってしまう。ふと顔を見合わせて…お互いに笑みを浮かべてしまうアレンさんとボク。

　それでも時期的には寒くもないし、あったかくもないこの季節。旅に不慣れなボクが行くにはちょうどいい季節なのかも知れない。月は満月じゃないし、少し雲が残っているけど歩きにくいほど暗いわけじゃない。ゲマ街道がいくらさびれてしまっているったって気の遠くなるような昔から街道として存在してきている。話に聞く東西大街道のようにきちんと整備されて交通量も多い街道じゃない。だけど、こうやってまだまだ人が行き来することもあるんだ…。
「あ。夜虫」
　まだ先頭を歩いているマリアが思い出したようにつぶやく。『よむし』、場合によっては『よるむし』かな？
　虫という名はついてるけどどの虫、という風に決まっているわけじゃないんだ。今みたいにちょっと寂しげな音色で鳴いたり明かりに集まってきたりする虫のことをまとめてこう呼んでいる。
「いい声だね」
　後ろのアレンさんもしみじみと聞き入っている。たしかに。ゲルンタージュの町中にもこういう涼しくて軽やかな声で鳴く夜虫はいるけど、この辺のはなんだか違うなあ…やっぱり寂しそうではあるのだけれど、どこか力強いと言うか。か細い声なのに腹の底まで響いてくるような、そんな気にもなってしまう…。

「…そろそろね」
　ふう、と息を吐きながら前方を指すマリア。え？　何が…？
「ホッヘの泉よ。ここで水汲んでおかないとね。それからちょっと歩くといい場所があるから、そこで一泊するの」
　ああ、そうか…ここが水場なんだ。夜虫の声がまだいくつもいくつも鳴っているから気づかなかった。…たしかにゲマ街道はマリアが指している辺りで大きく左に曲がっている。そこには…うん、ここからじゃよくは見えないけど…階段のようなものがあるような…。
「少し掘ってあってね。ちょっとしたスペースになってるんだよ」
　アレンさんの言うように近づいてみると小さな階段があって、丸く下草を刈ったような小さなスペースがある。…真ん中に泉があるのかな。…と思ってたら…。
「おやおや？　マリア君？」
　マリアがふと、足を止めている。いつの間にか夜虫の声も聞こえなくなっている。…何か、草がこすれるような音までしたような…？
「誰か…いる…」

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