TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[3-10]

「なるほど。マルティン君の知り合いだったんだね」
「はい。ゲルンタージュで中等学校まで一緒だったんですよ」
　いいところでアレンさんが話しかけてくれて、話が違う方へ進んでくれたんで助かった。いや、その、あの、別に大したことじゃないんだけど…さ。人間一つや二つは思い出したくないことがあるって言うか何て言うか…若気の至りと言うか…。
　いや、だからホント大したことじゃないんだって。ホントだって。

　当のナスターシャは何か世間話のようなことをアレンさんと話している。
「高等学校までは行かなかったんだ？」
「父の仕事の都合だったんですよ。中等学校の途中でゲルンタージュを出てしまって…」
　あ。そう言えばそうだったんだ…急にいなくなっちゃったんだよな、彼女。
「なんでいきなりいなくなったのさ？　みんなびっくりしてたんだよ？」
　何気なく聞いたつもりだったんだけど。何か、魚の小骨が喉の奥にでも引っかかってるような表情になってしまう。…いや…怒ってる…とかそんな感じなのか…な？
「本当に父のね、仕事の都合だったの。いきなりでごめんなさい」
「…いや、そういうつもりじゃなかったんだけど」
　かすかに地上を照らしているのは月の光。これだけじゃどうにも表情は読めない。

　そうなんだ…月の光って柔らかいんだよなあ…。
　ハイドシュタインとゲルンタージュを往復することはあっても夜に歩いたことはなかったからこういうのは初めてだ。太陽の光だと全部を余すことなく照らしてくれるんだけど、月の場合はそこへ白いベールのようなものが一枚かかっているような感触がある。全部をはっきりとは見せてくれない。それはそれで神秘的とか叙情的とかそういう言い方もできる。でも、それだとどうしても影みたいに見えない部分もできてしまうもんなんだ。

「あら？　マルティン君って妹さんとかいたかしら…？」
「いや、あの子は…」
　そうだ、マリアも紹介しておかないと…と思って振り向いたらすぐそこにマリアの顔が。こっちもなんだか怒ってるんですけど…。
「え」
　ぐい、とナスターシャの手をとる。形の上では握手なんだろうけど勢いってもんが。おいおい…。
「ハジメマシテ。アタシはマリア・ローガンです。今後ともヨ・ロ・シ・ク」
「はい。わたしの名前はナスターシャ・オークネフと言います。よろしくお願いしますね」
「アタシは別にマルティンの妹でも弟でもないんで。ただのともだちです。と・も・だ・ち」
「お友達なんですか。わたしもそうなんですよ」
　…マリア…なんでそこまでケンカ腰になれる？　別にナスターシャが悪い人ってわけでもないだろうに。

　ナスターシャはこれからカラドリアまで戻るんだそうだ。今はカラドリアのとある商店の会計事務のような仕事（つまりは雑用係なの、と笑ってた）をしていて、ハイドシュタインには商用で来たとのこと。でもその用事が思いのほか長引いてしまってこんな時間になってしまったらしい。仕方ないのでボクらと同じように夜旅をかけて戻ることにしたんだと言う。
「じゃあ、一緒に行こうよ」
　と、何気なく言ったんだけど…
「…いいのかしら…？」
　どこか不安げな顔だ。
「おやおや。僕は別に構わないけどね」
　アレンさんはいつものように返してくれる。
「……」
　マリアは…？
「ねえ、マリア？」
「…いいんじゃない、アタシも別に構わないわよ。勝手に昔話でもなんでもやっててちょうだいな」
　と、乱暴に水の入った水筒を担いでとっととゲマ街道に戻ってしまう。

「…ねえ、アレンさん。なんでマリア、怒ってるんでしょうね」
　こそっと聞いてみたんだけど…。
「そりゃあ…まあ、ね」
　と曖昧な笑みを浮かべるだけで答えてくれない。…なんだってんだろ…一体…？