TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[3-13]

「ほい。起きろー…行くよー…」
　なんだか投げやりなマリアの声に起こされたのは…すでに太陽がのぼった直後くらいなんだろうか。…いつの間にか眠り込んでいたらしいんだけど…あふ。
　うっすらともやのような霧のような何かが森にも目の前にもかかっていてはっきりしない風景。見上げてみれば深い青色だった夜空も白く薄青く染まっているし、空気もどこかぴいい…ん…と、張り詰めている。新しい空に新しい空気、ってとこだろうか。

　…昨日聞こえた、ような気がした泣き声てのは…やっぱり気のせいなんだろうな、うん。第一誰が泣くってんだか。

　今日は一日歩き詰めになるから、足回りはしっかりしておかないといけないよ、とアレンさん。ボクが今はいている靴はいつもハイドシュタインに行く時にも使っているものだから、履き慣れていないってことはない。むしろ足に馴染みきってしまっていて履いている、という意識もないくらい。それでもヒモをしっかりと結んで中敷きの目の粗い布も確認する。これはクレという草の繊維を織ったものなんだ。昔から通気性のある、涼しげな素材として服にも使われている。最も、見る人にはちょっと粗雑な印象を与えてしまうから女の人向けの服の素材にするには注意が必要なんだそうだ。
「さ。行こうか」
　やっぱり順番はアレンさん、ボク、マリア、ナスターシャ。これから一日歩いてカラドリアの少し手前まで行くんだ。そこで仮眠を兼ねた休憩。朝になったらまた少し歩いてついにカラドリア入りになる。

「足は大丈夫かい？」
　やや振り返りながらアレンさん。
「ええ。今のところ大丈夫です」
　特に痛いとかそういうのもないし…問題ないんじゃないだろうか。
「ヤバいと思ったらすぐに僕かマリア君に言うんだよ。薬もあるし…いざとなったら担架作って運ぶって手段もあるしね」
　…いや、そこまでは…。
「ナスターシャさんも。問題ないですか？」
「ええ。大丈夫です」
　声の感じからするとたしかに問題なさそうだ。まあ、何度もゲマ街道を通ってるみたいだし。多分ボクよりも旅慣れているんだろうから心配するだけ無駄ってことなんだろう。

　朝方から昼前にかけて歩いていくと、さすがにカラドリアから…つまりは前から歩いてくる人たちと何度かすれ違うようになってきた。最初にすれ違ったのは空の荷車を引いている頑丈そうな男の人。先頭のアレンさんが軽く手をあげて挨拶すると、同じように返してくる。アレンさんに続いてボクもそっと手を上げてみたけれど、やはり同じように返してきてくれた。次に来たのは夫婦らしい若い男女二人連れ。こちらも同じように挨拶を返してくれる。
　カラドリアからハイドシュタインへ、という人は結構いるものなんだそうだ。ナスターシャもそう、と言えばそうだしね。…まあ、ゲルンタージュからでも同じようなものではあるのだけれど。でもゲルンタージュに住んではいるんだけど、仕事先はハイドシュタインを抜けてその他の町でやってる…なんて話は聞いたことがない。そりゃ、ゲルンタージュの人全部を知っているってわけじゃないからもしかしたらそういう人もいるのかも知れないけど。でも、ナスターシャのことやアレンさんの話からするとカラドリアはそういう人が結構いる町ってことになるんだそうだ。
「寝るだけ、って言うと変だけどね。カラドリアには自分の家だけって人もいる。実際には途中で何度か野宿しないといけないからそう頻繁に通うわけにもいかないらしいけどね」
「ハイドシュタインからさらに先に進むんですか…」
「そう。でも大抵はやっぱり働き先に落ち着いてしまうものだからね。結構いるとは言ってもそんなに数は多くないはずだよ、そういう人たちは」
「…ルートセラーなんてそういうのの代表みたいなもんよ。行商やってて結局落ち着いちゃった、なんてのはざらだし」
　ようやく普段通りの口調に戻ってきたマリアが口をはさむ。
「基本はやっぱ行商。んで、どっか気に入った町があったら定住になって住んじゃう。定住にならなくてもいくつかの町を行ったり来たりしながら専属の行商やるとかね。そんなもんよ」
　それでも人によってそれぞれ事情ってもんがあるから簡単には言えないもんだけどね…とマリアは続けた。
　そうなんだよなあ…ゲルンタージュだって町ひとつだけで今まで続いてきた、ってわけじゃないし。色々な物資があちこちから来てるもんなあ。姉さんの店の商品だって全部が全部ゲルンタージュ周辺で採ってきたものじゃない。例えばゲルンタージュに麦畑はないから、クイトやパンなんかの小麦製品は全部よそから来たもので作られてるってことになる。
　そういう周りのことってのも大事なんだよなあ…。

　と、まあ、こんな感じでゲマ街道を進んで行ってるんだけど…ナスターシャが静かなのがどうも気になるんだ。さっきの話題だって自分と無関係ってわけでもないのに一切話に乗ってこない。
　一度、休憩を取ろうか…ということで大きな木のある曲がり角で休むことになった。ごつごつした木の根の中にはよく見てみると座りやすい形をしているものがあって、地べたに腰を下ろすよりはずっと楽ちんだ。
　マリアがホッヘの泉で汲んでおいた水筒を配ってくれる。皮のぶよぶよした感覚が妙に心地いい。でもあんまりここで水を使ってしまうと後がちょっと…ね。何せここから先はカラドリアまで水場はない。
　そのマリアはナスターシャにも水筒を差し出しているんだけど…。
「…ナスターシャ？」
　でもなぜかナスターシャは膝を抱えてうずくまってしまっている。