TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[3-16]

　やばい。

　ここまで自分に力がないとは思わなかった。まず膝にくるんだなー…こういうのは。『膝が笑う』の本当の意味を理解したような気がする。…あれ？　なんか力が入りにくいなあ？　てな疑問から始まってまるで膝を中心にしびれとも脱力ともつかない、なんだか不気味なまでに空白な感覚が震えと一緒に広がっていって…。
　ついには言うことをきかなくなってくる。膝がダメ、ってことはつまりは足全部が言うことをきかない、ってことになる。前につんのめりそうになって、思わず手をつきそうになってしまう。こりゃ、普通に背負っていたらほとんど進めなかったんじゃ…これをあそこまで担げるアレンさんって…。
　いや、ボクだって全然進んでないわけじゃない。一歩とか二歩とか、そんだけしか進めなかったってわけじゃない。少しは進んでるんだ。えっと、アレンさんが半日ほど進んで、今はお昼を過ぎたくらいだから、ボクは…まあ…その、それなりってとこで。
「ちょっと…大丈夫？」
　よろよろしていたらマリアが腕を引っ張ってくれる。
「あ。ああ…うん。ナスターシャは？」
「わたしは…大丈夫」
　それを見て、ふう、と息を吐いてみせるマリア。
「ま。なんとかなるもんだからさ、無理はしないでいいのよ？　少し休もっか？」
　と先に行っているアレンさんを呼びに行ってしまう。え…なんでそんなとこまで行ってるの？　アレンさん…？
「アレンさーん？　マルティンがなんかやばそうなんでー…」
「そうかーい？　じゃ、ちょっと休もうかー？」

　…マリアもそうなんだけど。なんでアレンさんはあれだけ気楽なのかなあ。

　と思ってたらそのわけはすぐに分かった。

「…すみません」
「なあに、気にするな。こういうのはなんだっけ？　ほれ、助け合いってやつだ、わっははははは」
　たまたま、なんだけどカラドリアへ向かう荷車が後ろから来たので、乗せてもらうことになったんだ。ついでに水も分けてもらうこともできた。…今までだってほとんど人に会わなかったのに荷車が通るなんて…と不思議に思うかも知れない。このおじさんは荷車に樽やかごを積んで森の中で木の実やキノコを採って売る商売をしているんだそうだ。ずっと森の中にいたからボクらとは会えなかったんだ。さらにもっと進めばカラドリアの周辺には森だけじゃなくて森を開墾してできた畑もある。そこへ向かう農夫の方々、というのも普通にいるんだそうだ。実際、カラドリアに近づけば近づくほどゲマ街道に人や荷車や馬の数が増えて行っている…ような気がする。
　だからアレンさんにも余裕があったらしい。そのうち誰かに会えるだろう、と。そうしたらどうにかなる、と。さすがに荷車まではできすぎだけどね、と笑っていたけども。

　この荷車は馬が引いている。カラドリアにムカスはいないし、ハイドシュタインでも飼っている人はほとんどいない、って話だし。やっぱりゲルンタージュ独特の家畜になっちゃうのかなあ…ま、それほど大きくないったって荷物も乗っかってる荷車をムカスが運べるはずもないんだけどね。
　マリアとアレンさんはそのまま歩きで荷車について来ている。ボクも一緒に歩こうとしたんだけど…「まあまあ。こういう機会を無駄にする手はないよ」「あんたもヘタすると足壊れそうだからねえ…乗ってなさいよ」ということでナスターシャと二人、荷車のすきまに座ることになってしまった。…結構狭いもんなんだな、ナスターシャと肩がぶつかるくらい。顔の周りをぐるっとひげで覆われている農夫のおじさんは前を向いているけど、ボクらは二人そろって後ろを向く格好になってしまっている。
「……」
「……」
　…こんな状況で何を話せってんだか。まだ背負ってた時の方が話しやすかったなあ…あれは顔が見えないからだったんだろうか。
　マリアの憐れむようなにやつくような視線を時々下から感じるってのもなあ…なんだかなあ…なんか面白がってないか、あいつ？　…あれ？　そう言えば…マリアがやけに普通…と言うか今まで通りと言うか…なんか妙にイライラしてたのが消えてる、と言うか…。
　なんかあったけか、あいつの機嫌が直るようなこと…？　それともそれなりに時間経ったからかな？

　おじさんはカラドリアに直接向かうわけではないらしい。ただ、家はカラドリアのはずれにあって、たまたま道具を忘れたから取りに戻る途中にボクらを拾ったんだそうだ。だからボクらはカラドリアの少し手前で降りなければいけないことになる。
「朝早くから大変ですね」
　アレンさんが話しかけているのがこっちにも聞こえる。朝一でホッヘの泉の手前まで行くんだそうだ。
「いや、これも仕事だかんな。もう収穫期だから今は忙しいけどそれももう少し。収穫終わったら忙しさも忘れるってもんでな、わっははははははは」
　豪快な笑い声だ。