TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[3-17]

「カラドリアはどんな感じですか？」
　マリアもなんだかとりとめもない話をしている。
「普通だあな。いつものように人が多くていつものようにもめごとがあって。いやはや、普通が一番なんでねえの？　わっははははははははは」
　…もめごとって。
　そういうのが普通なんだろうか。マリアも一緒にけたけた笑ってるし。
「ねえ、ナスターシャ」
　荷車に乗る時に包帯はほどいていたんだけど、まだ足に当ててた…なんだろ、緑色のぐにぐにした粘土みたいなやつ…アレンさんが調合してくれた…それの調子を手で確かめていたナスターシャが、びくっ、と振り向く。
「な、何…？」
「さっきおじさんがもめごとみたいなことを言ってたけど…なんかそういうのがあるの？」
　…よし。なんとか自然に話を振れた、ような気がするぞ。このまんま黙ってるってのも、なんだからなあ。

「もめごと…？」
　あれ。首なんかかしげてるけど…そういうのじゃないのかな。
「特にそういうのはないと思うけど。少なくともわたしの事務所とか周りでそういうのは…ううん」
「そうなんだ」
　まあ、そうだろうなあ…毎日そんなもめごとがあるとは思えないし。…って、なんだかこのままだと会話が途切れてしまう…。
「ナスターシャの、働いてるとこって…どんなところ？」
「色々な企画を商店に提案していく事務所なの。普通の商店だけじゃなくって、薬店も扱ってるのよ」
「へえ…ミナハ薬店なんかも？」
　ゲルンタージュじゃ姉さんのとこくらいしかそういう店はない。あれを薬店と呼べるのか、って言われたら…まあ、微妙だけど。どっちかと言うと雑貨屋とか事務所とかそんな感じになってしまうかな。
「全く無関係ってわけじゃないわね。歴史ある薬店だし」
　…まあ、たしかに。ゲルンタージュの本店からのれん分けされて…それから本店が潰れて。あんな古い資料に出てくるくらいだから相当に歴史があるってことになる。
「そう言えば、ミナハ薬店がゲルンタージュに戻るらしいけど…」
「ああ、あれね」
　小さくうつむくナスターシャ。ゆっくりと包帯を巻き直していく。
　…荷車が小さな石をひいたらしい。一回だけボクも彼女も小さく跳ねて、すぐに地面に着地する。背中では樽も跳ねたらしい。やはり床板にぶつかる、こつん、という小さな音がした。
「あれは…なかなか難しかったの。でもシャーマニーさんって言って、今のカラドリア第三店長格の人が乗り気になってくれてね。ミナハは一族経営が基本なのに良くやってくれたわ…ゲルンタージュの名前出すだけで機嫌が悪くなる人がまだまだたくさんいるのに、粘り強く説得してくれて、言質までうまくとってくれて」
　…？
「だからミナハ薬店の全部がゲルンタージュに戻るわけではないの。中にはまだ反対してる一族の人だっているし…名前だけ借りた別店舗って形かな。でもこれでシャーマニーさんは孤立してしまうでしょうね。それでもうちの社長が…」
　そこまで言って、はっと口元を押さえる。
「いや、あの、そういう噂が…ってことよ。うん。カラドリアでだってミナハの名は知られているんだから、そういうこと」

　ボクもどっかヘンな顔でもしてたんだろうか。ナスターシャはなんだか言い訳みたいなことを繰り返している。
　…なんで？
　なんだか言い方もヘンなんだけど…たしかに。これじゃ、まるで彼女がミナハのゲルンタージュ入りに関係してるみたいじゃないか。もし、そうならボク達と薬協支部設立で競合しているってことに…。じゃあ、ルートセイバーとも…？

　いやまさか。大体ナスターシャがそんなのと関係してるってのも…あり得ない。そう思う。

　それから彼女は目を閉じて寝てしまった様子だったので、詳しい話は聞けなかった。むしろ…聞くのが怖い。何か聞きたくない言葉が飛び出してきそうだったんだ。

　それからカラドリアに着いたんだけど、夕方は大分過ぎたかな…？　というくらいの頃合。本当はカラドリアの手前で軽く仮眠をとるつもりだったんだけど…やっぱりさすがに馬は歩くより速いというか。ナスターシャを背負って歩いたからペースが落ちてたのにこの時間に着いちゃったからね。まあ、こっちの方がいい、と言えばいいことにはなる。
　おじさんもカラドリアの手前でボクらを降ろす予定だったんだけど「まあ、助け合いってやつだ。わはは」と足のよくないナスターシャを町中にあるお医者にまで連れて行ってくれることになった。でもボクらはそこまで甘えるのもなんなので、カラドリアの入り口で降ろしてもらうことにした。
　去り際にナスターシャには事務所の住所を書いたメモをもらった。「必ず来てね。美味しいもの、おごってあげるから」とも言われた。その時に、何か、言おうかと思ったんだけど…結局何も言えずに手を振って別れてしまった。